音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

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特集:コールドプレイ東京公演の凄さ

「4月19日、5万人が七色に染まる。」

 2017年、4月19日。僕はこの日を一生忘れない。なぜならば、5万人もの人々が、たった4人組のロックバンドによって、一夜にして七色に染め上げられるのを目の当たりにしたから。4人が生み出す音色と5万人の歌声が、会場中に鳴り響くのを耳にしたから。この日の「主役」はまさしく、その場に居合わせた全員であり、もちろん僕もその1人であった。

 

 東京ドームは、約5万人を収容する日本最大級のライブ会場である。この日ここでライブを行うのはColdplay。「スタジアムバンド」と称される彼らは世界中で成功を収める、21世紀を代表するバンドである。今回は最新アルバム「A Head Full of Dreams」を引っ提げてのワールドツアーで、既に1年以上に渡り25か国を回り、各国スタジアム級の会場でライブをおこなってきた。26か国目であるここ日本はアジアツアーの最終地であるが、この規模でコールドプレイのライブが行われるのは初めてである。言い換えれば、「スタジアムバンド」たる彼らの本当の姿を、日本にて初めて目にすることができるということだ。日本で誰も体験したことのないような、そんなライブになると確信し、僕はライブを待ち望んでいた。

 

 早めに到着し会場周辺を見渡せば、オープニングアクトを務めるRADWIMPSのおかげもあってか、自分と同世代くらいの若い人を多く見かけた。驚いたのは海外からやってきたという方もたくさんいたことだ。聞けば、中国や韓国、マレーシアなどアジア各国はもちろん、ロシアやフランスなどヨーロッパから、果ては地球の裏側ブラジルから家族総出で訪れたという方までいた。片言の英語が伝わるか不安であったが、「どこから来たの?」「どの曲が聴きたい?」などと互いにやり取りしたり、一緒に記念写真を撮ったりと、気づけば多くの人と意気投合していた。このライブでしか出会えなかったであろう色んな国の人々との交流は、音楽に国境なし、と教えてくれるようなとても素敵な体験だった。

開場時間となり、入場する。会場で隣になったのはご年配の女性。なんと1990年(僕の生まれる前だ!)に、同じ東京ドームで行われたデヴィットボウイのライブにも来ていたという。「あの頃に比べると、今は音響なんかも良くなりましたよ。」なんて教えていただきながら、このライブには実に多種多様な観客が集まっているのだと実感していた。

 

 時刻は19時をまわり、オープニングSEが流れ始めると、まだかまだかと客席の期待も膨らんでいく。会場が暗転すると一気に歓声に包まれる。これまでのワールドツアーの行程を振り返るような映像がスクリーンに映し出され、今回のアルバム1曲目でもある「A Head Full of Dreams」でライブが開演する。歌いだしと共に照明によってあらわになったコールドプレイ4人の姿に、5万人の大歓声が炸裂する。爆発的なまでの興奮を身に浴び、思わず号泣してしまったのはここだけの話である。

 

 息つく暇もなく、彼らの代表曲が続けざまに披露されていく。すごい、叫び過ぎてもう既にフラフラだ。開演からここまで、訳が分からないくらい歓声を上げ続け、両手を突き上げたのは初めてだ。

 スクリーンには演奏する彼らの姿や、ライブを楽しむ観客の姿が映し出される。会場はカラフルな照明により彩られ、しょっぱなから舞った七色の紙吹雪が会場を一層熱くする。

 観客一人一人に配られた、「Xylobands(ザイロバンド)」と呼ばれるリストバンド、これもライブの演出に一役買っている。ザイロバンドは2012年にコールドプレイ自身がライブで採用して話題となったもので、それぞれの楽曲に合わせて様々な色に発光・点滅する仕組みだ。これによって会場にすさまじいほどの一体感を生み出す。例えば、「Yellow」ではそのタイトル通り会場一面が黄色一色となり、「Every Teardrop Is a Waterfall」では曲の華やかなイメージに合わせ、様々な色に点滅し客席をカラフルに彩った。

 勢いそのままに、EDM調にリミックスされた「Paradise」が流される。曲に合わせて激しく点滅する照明やザイロバンド、また何本も伸びるレーザービームに導かれ、狭いディスコルームがそのままの密度で拡大されたかのようなダンスパーティ会場へと、ドームは一瞬で変貌を遂げる。すさまじい熱量を帯びながら踊り狂う僕ら5万人の姿はなかなかに壮観であったに違いない。

 

 最先端の技術を駆使した様々な演出やギミックの数々。しかし勘違いしてほしくないが、そういった演出頼りでないとこのライブの盛り上がりは成り立たないという意味ではない。ライブの根本にあるのはやはり、人々を魅了するコールドプレイの素敵な楽曲と、それを表現する彼ら4人の確かな演奏力なのだ。そもそも、数万人が集まるような巨大な会場にも関わらず、彼らはサポートメンバーもマニピュレーターも付けず、結成当時のまま4人だけで演奏してしまうのだ。バンドなど音楽を人前で披露した経験のある人ならば、この凄さが分かるはずだ。

 花道の先にあるサブステージに移ると、「Always in My Head」「Magic」を披露する。全編通じて内向的で深みに沈んでいくような雰囲気だった前作「Ghost Stories」からの2曲は、派手な曲調ではなく広い会場でやるには不向きだと思われるような楽曲だが、彼らはここでも僕ら観客を引き込んで見せた。派手な楽器パートでもって超絶技巧を見せつけるようなシーンはなくとも、彼らのどっしり構えたベーシックな演奏は、不思議と僕らの心を引き付ける。落ち着いた照明のもと、4人のタイトな演奏は、ここまでの熱気が落ち着くことなく、じりじりとドーム内で渦巻いているような雰囲気にさせた。その様子は、派手なだけがスタジアムでの演奏ではないのだと雄弁に語っていた。

続いてボーカルであるクリス・マーティンが、ピアノの弾き語りのみで東京ドームを制圧して見せた「Everglow」。観客誰もがその美しい光景に心を奪われたこのシーンは、このライブでのハイライトのひとつだった。「すごいエネルギーや思いを集めて、遠くシリアへ届けよう」というクリスの言葉に、僕らは歌声で応えた。

 

こうした演奏にも導かれ、歓声や歌声は一層勢いを増していく。

ピアノの刹那的なイントロから爆発的に繰り出される「Clocks」、クリスから「ジャンプ、ジャンプ!」と煽られ5万人が飛び跳ね、東京ドームを揺らした「Charlie Brown」など、これまでのキャリアを振り返るような選曲に彼らの楽曲のジャンルの広さを再確認する。

 新作より披露された「Hymn for the Weekend」は、ビヨンセとコラボしたR&B的な楽曲だが、火柱が上がるド派手な演出も相まって、予想以上にクリスとの掛け合いが盛り上がる楽曲になった。

「Fix You」の美しいメロディにも酔いしれながら、いよいよ僕ら観客の歓声やシンガロングは鳴りやまない。それは彼らコールドプレイが、僕らをライブへと引き込み、自分たちの演奏に巻き込み、しまいにはライブを作る「主役」の一員へと仕立てあげてしまうからだ。彼らがよく用いる、観客を含めての「Big Band」という表現こそ、まさにこのことを示しているのだと思う。

 誰もが待ち望んだあのストリングスのイントロを迎えた瞬間、いよいよ僕らはひとつの「Big Band」となった。割れんばかりの大歓声、そして「オオオーオオーオ!!」と響きわたる歌声。「みんな歌って!」と煽られ、僕も我を忘れ、ドでかいシンガロングの輪へと飛び込んだ。「Viva la Vida」は、やはり素晴らしい瞬間が約束された最高のアンセムだった。会場中に巻き起こったあのシンガロングを、僕は一生の宝物にしたい。

 

彼らは、ライブにおける演奏や演出面のみに止まらず、他にも様々な試みをしている。

 アリーナ後方に設置された小さなステージへと移動すると、ギター、ベース、キーボードのみの最小構成で「In My Place」を披露し、またもシンガロングを巻き起こす。この曲は事前にSNS上にて、15秒以内のリクエスト動画を募集し、それをもとに決めたものである。このように時流に合わせた試みも行われている。

 何より革新的だったのは、公式のハッシュタグを用意して、各SNS上にライブの写真や動画をアップすることを積極的に勧めたことだ。日本においては、ライブでの写真・動画の撮影は禁止されることがほとんどである。それを思うと驚きの試みである。でも、僕はこの試みを気に入っている。ライブ終了後にSNS上にはたくさんの写真や動画が載せられたが、それは自分が見たのとは異なるライブの映り方を示してくれる。例えばスタンド席の後方より見渡した、一面に輝くザイロバンドや照明の光に包まれる会場。例えばアリーナ席、花道を走り抜けるクリスと、それに応じるようにこれでもかと歓声を上げる観客の盛り上がる姿。5万人いれば5万通り、それぞれの角度から異なる感情を持ってライブを楽しんでいたはずである。それをこうやって互いに共有できるのは素敵だし贅沢な楽しみである。

最小構成のまま3曲披露し、「日本のために、特別にこの曲を世界で初めて披露するよ!」と言いながらメインステージへと戻るも、サブステージにマイクを置き忘れてしまうクリス。演奏がやり直しになり、「これはここだけの秘密!忘れて!ネットに上げないで!!」と懇願する彼の姿に思わずほっこりする。この様子も、この後無事に披露された新曲とともにネットを通じ世界中に広まると考えるとまたほほえましい。

 

The Chainsmokersとのコラボで話題になった最新曲「Something Just Like This」や、前作より必殺のアンセムとなった「A Sky Full of Stars」で、ダメ押しとばかりに会場を沸かせ、観客を踊らせると、最新アルバムでもラストを飾る「Up & Up」でライブを締める。印象的なMVをスクリーンに映しつつ届けられたこの曲は、キャリアを通じたテーマである「希望」を歌った大切な曲。4人が奏でるピアノ、ギター、ベース、ドラム、そして歌声が優しく響くのを聴きながら、「もう終わってしまうのか。」とどうしても感じてしまう。ライブが良いものであればあるほどに、ライブが終わってしまう寂しさも大きい。演奏を終えると、会場の万雷の拍手に対し、「またすぐ来るよ!」と言って何度も深々とお辞儀をしてくれた彼ら。

 

2017年4月19日、「スタジアムバンド」たる彼らの姿を見せつけられた僕ら。彼らの音楽はカラフルで、生き生きと七色に輝き、僕らへと降り注いだ。彼らは最高の演奏・演出をもって、国籍も年齢もバラバラな僕ら5万人を、自分たちのカラーで染めて、ライブの「主役」にしてみせた。

一夜限りの特別な時間が過ぎ、また僕らは日々を送る。コールドプレイもまた先へと進み、変化していく。(それは先の新曲からも感じさせられた。)

果たして次の来日公演では、彼らはどんなライブを見せてくれるのだろうか。そして、「スタジアムバンド」を一度体験してしまった、そんな僕らは彼らに対し、どのように応えることができるのか。時期尚早だが、今からもう楽しみで仕方ない。

 

もちろんそのときもまた、僕は「主役」の一人になろう。歌って叫んで、飛び跳ねる。その準備はもうできている。