Mr.Children19thアルバム「重力と呼吸」全曲レビュー
「無意識」
Mr.Childrenはデビューして20年以上、日本の音楽界の第一線で成功を重ねている。しかし僕は、彼らほど実直で臆病なバンドはいないのではないかと思う。
ヒットソングを量産していても、リスナーの反応を気にするし、堂々と他のアーティストを羨み嫉妬したり、音楽界での立ち位置をいまだに意識したりしているからだ。
そんな彼らが泥臭くひたむきに、それでいて自分達のやりたいように作ったアルバムが「重力と呼吸」だ。賛否両論出るのも仕方ない、なぜならこれまでのアルバムとはベクトルが大きく異なるものだからだ。
今作は全編通じ、バンドサウンドに重心が置かれている。より肉体的・衝動的なバンド性によってリスナーに訴える作品だ。
桜井和寿のボーカルを中心に添えて、それをいかに彩っていくかというのがこれまでのやり方。しかし本作では、ボーカルとバンドの音を分けずに1つのものとして楽曲の「骨格」に据えている。ドラムがえらく重く鋭い音を響かせてるし、それに引っ張られるようにギターの音はどんどん前に出てくるし、ベースがこれだけ骨太な音を出してるの初めてじゃないか。
歌詞の内容も、そうした楽曲の構成にリンクしてこれまでと少し違う。
これまでの楽曲は1番、2番と進むにつれ徐々にストリングスなどが加わり、壮大になっていくアレンジが多く、それに合わせて歌詞も、身の回りのことを言った後で大きな視点に移ってより壮大なテーマを描いたり、今ある絶望を提示した上で希望を強調して見せたりする内容が多かった。
しかし本作は、シンプルなバンドサウンドを「骨格」としたままずっと進行するため、歌詞もフラットな視点のまま、言い換えると温度の高低差を演出することなく平温のままリアルな世界が描かれているように感じる。
前置きが長くなったが、全10曲、骨太でいて、さらりと流れる不思議なこのアルバムについて、全曲感想です。
1.Your Song
なぜこの曲をアルバムに先駆けて公開したのか、アルバム通して聴いた今なら分かる。
この曲は今作がどういう歌を歌っているのかを示しているからだ。
君と僕が重ねてきた
歩んできた たくさんの日々は
今となれば
この命よりも
失い難い宝物
という歌詞、2番以降で歌っているように「たくさんの日々」には良いことも悪いことも含まれるんだろう。
これまでなら対比させていた絶望と希望を、まるまる受け止めて向き合って、フラットな視点で描いていくよ、という宣言みたいなものをこの曲から感じる。
そしてサウンド面。バンドサウンド主体で、ミディアムバラードだけど重すぎずさらりとしているところがめっちゃ良い。
2番サビ後のギター、ディレイ+リフレインのエフェクトがかかった音色がもう堪んなくって…。音色が心の奥底からじんわり侵入していって琴線を揺らす感覚。
(MVも二種類作られていて、どちらも素敵な内容でした!)
2.海にて、心は裸になりたがる
ライブでの掛け合い意識した部分とか、ポップパンクっぽいカッティングギターとか、強引に転調するところとかめっちゃ若々しい。
3.SINGLES
シンプルにバンドサウンドを鳴らしているのに、平坦に聴こえない不思議な疾走感と曲の展開が大好物、ご馳走様です。
聴きどころは2番サビ後から。何重にも重ねたギターサウンドが荒ぶる、荒ぶる。ドラムがドコドコ鳴り響く。複雑に交差する楽器の音に「ここからどうなる!?」って次の音が予想できない間奏は、えもすれば煩雑に聴こえるかもしれないが、僕にはそれが新鮮で、荒削りなところに魅力を感じた。
歌詞はシンプルな言い回しが多い。
守るべきものの数だけ
人は弱くなるんなら
今の僕はあの日より
きっと強くなったろう
という部分からタイトルの意味を知らされ、ハッとした。なるほど「SINGLES」とは別離を示していたのか。
あとCメロの
寂しさっていう名の歌を歌ってる
のところで、メロディに字余りの歌詞を詰め込みました感、本作一番のスッキリポイント。
(MVを見ると、最後のシーンで向日葵が移り混んでいて、「himawari」と同じ世界観だと示唆しているのかな?)
4.here comes my love
この曲、これまでの活動、ヒカリノアトリエでの取り組み、そして今作でのバンドサウンドを全てつないだ楽曲だなあと感じました。
ミスチルの真骨頂であるドラマチックなメロディに、ストリングスやフルート、トランペットなど様々な楽器を、ヒカリノアトリエで培ったバランス感覚で適度に取り入れ、タイトで力強いバンドサウンドがドンッと真ん中に居座ってる。しまいには開き直ってバリバリQueenオマージュのギターソロまで。
ここ数年メロディは良いのに、量産型しるしかよってくらい似通ったアレンジの曲がいくつかあって、「なんでや桜井、いっそ俺をスタジオに入れてくれ」ってくらい歯痒かったが、これだけ色々やりたいことを詰め込んだ曲を聴いたら、楽曲に携わったメンバーやミュージシャン達の生き生きとした姿が思い浮かんできて、思わずグッときた。
5.箱庭
こういう「箸休め」的な曲が入ってると、アルバムの流れが良くなって個人的には嬉しい。ポップで軽やかな曲調は、「Kind of Love」や「Versus」など初期の作品に並んでいても違和感ないですね。
それでいて、明るいメロディに重めな歌詞を乗せるミスチルお得意のやり方。
残酷なまでに温かな思い出に生きてる
箱庭に生きてる
ここの一節がこの曲の全てで、大好きだった「君」を失ってなお、僕と君だけで成り立っていた世界に取り残されたままだということを表すのに、「箱庭」という単語を選択するセンス。
6.addiction
うおっ、なんじゃこのイントロ!ジャズファンクな感じ、これは新感覚で面白い。ピアノと小気味良いドラム、そしてベースの高低差あるフレーズが気持ちいい。
そう思いつつ歌詞見たら、ぶっ飛ばしてますねえ。「addiction」は「中毒、依存」って意味なんですが、明らかに薬物中毒に苦しむ人の話。敏感なご時世に海外のヒップホップみたいなテーマ選び。毒ソング。ライブで聴きたい。
7.day by day(愛犬クルの物語)
まごうことなきQueenオマージュな1曲。桜井さん、あんたどんだけ好きやねんと。タイトルとは裏腹に結構ロックな感じで驚いた。
8.秋がくれた切符
安心のミスチル印、バラード収録のノルマ達成。さらっとしてて、次の曲への流れが良い。
9.himawari
まさかのアルバムバージョン。
ボーカルや一部のギターやキーボードが録り直されている他、楽曲自体のミックスとマスタリングも改められており、シングルの音源と比べると本作でマスタリングに起用されたJoe Laportaの仕事ぶりが分かる。(彼は世界中の名だたるロックバンドと仕事をする凄腕エンジニア!)
シングルverと比べてストリングスが奥に引っ込み、その分ドラムやベースの音が明瞭になってるし、ギターがよりラウドな音になって前に出ている。ボーカルのマスタリングも変わってて、よりバンドサウンドの中に溶け込んだように聴こえる。
歌い直されたボーカルはよりメリハリがついて、熱い感情がドロドロ溢れるようなシングルverに比べ、より静かに心の奥底に渦巻くいびつな感情が揺れ動いているようなテイストに。
そんな君に僕は恋してた
のところが弱々しく響く歌声に変わっていて、よりじんわりと優しさが染みるようになって印象的。
矛盾する優しさや激しさが同居するこの曲、これ以上言葉を尽くすのは野暮。ぜひ直接そ耳にして欲しい。
10.皮膚呼吸
docomoとの25周年コラボCMにて、デモ曲として先に世に出ていた1曲。
この曲はアルバムを作った動機について雄弁に語っていて、本当にグッと来ました。
もう試さないでよ
自分探しに夢中でいられるような
子供じゃない
と、ファンの期待に応えることを意識して「こうした方が良いよね」って形でこれまでうまくやってきたことを振り返りつつ
変わっちまう事など怖がらずに
まだ夢見ていたいのに…
と、また昔のように無我夢中で音楽を作りたいと歌っている。
思えば、タイトルの「重力と呼吸」、そして皮膚呼吸は、無意識に感じ、無意識に行われることである。
皮膚呼吸して 無我夢中で体中に取り入れた
微かな酸素が 今の僕を作ってる そう信じたい
これまでの長い活動の中で無意識に重ねてきたものが今のバンドを形作っていて、そこから何の考えや意図も持たず無意識に出たMr.Childrenというバンドの音を、そのまま届けたのがこのアルバム。だからこそ
僕にしか出せない特別な音がある
きっと きっと
あるがままの自分たちの音楽が、リスナーにとって「特別なもの」になるようにと歌っているのだ。
ここまで正直に、迷いながらも高らかに自分の心を丸裸にした歌詞って初めてではないだろうか。こういう心境のもと、本作のようなフラットでストレートなアルバムができたんだなあと感じた。
デビューして27年目になるバンドが、これ程まで実直に、素直に作り上げたこのアルバム。
多くのリスナーが先入観も評論家めいた見方も一度取り去って、無意識に重力を感じるように、無意識に呼吸するように、「考えるな、感じろ」の精神で聴いてくれることを願いたい。