音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

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重戦車、家路につく

ASIAN KUNG-FU GENERATION「ホームタウン」

 ある日、夕飯用の食材を買いに行った帰り道。ふと「ああアジカンの新しいアルバム今日出てるな。」と気付き、Spotifyを起動する。そういえばGotchおじさんが今作は音にこだわってると言ってたなあと思い、試しに既にシングルでリリースしていた「荒野を歩け」を聴き比べてみようと再生ボタンを押した。

 途端、僕は今歩いてる道路が地響きをかき鳴らし揺れているのではないかと錯覚した。なんだなんだ?近くを重戦車でも通ってるのか?ここは日本だぞ?と周りをきょろきょろする良い年した男が一人。

 そうではなく、そこには圧倒的な低音が鳴り響くアジカンの音色のみ。得意のパワーポップをとんでもなくパワフルな演奏で鳴らすアジカンが帰ってきたのだ。

Point 1 極限まで考え抜かれたバランス

 ストリーミングサービスを利用している人は、とりあえず「荒野を歩け」のシングルverとアルバムverを聴き比べて欲しい。もしくはYoutubeで公開されているアルバム収録曲「ホームタウン」を聴いてみることを勧めたい。安物のイヤホンで聴いても分かるくらい低音が力強く鳴り、ドラムの音の抜けが気持ちいい。Gotchさんいわく、各楽器の音域をギリギリまで調整することで低音の圧巻の鳴りを実現しているらしい。

 僕自身専門家ではないのでうまく説明できないが、さながら弁当箱のようだなと思う。弁当箱には全体のスペースがあり、米お肉惣菜野菜デザートとそれぞれ具があるのだが、それぞれ入れるスペースをバランス良く区切っていくことで購買意欲の湧く弁当ができるはずだ。肉ばっかりでも胃もたれするし、米が大部分を占めてたらなんだか損をした気分になる。野菜や惣菜がちょうど良い量あって、デザートの果物やゼリーがちょこっと添えてあるとなお良い。

 同じように、ひとつの楽曲には全体のスペースがあり、ボーカルギターベースドラムなどそれぞれの音域=鳴らすためのスペースを要する。ボーカルやギターを目立たせるために多めにスペースを取ってしまうと、ベースのスペースが削られ低音が物足りなくなってしまうし、ドラムのドスンと来る残響を鳴らすためのスペースは残らないのだ。

 本作ではそれぞれのスペースを調節し、どの音色も一番良く響くための絶妙なバランスを極限まで試行錯誤を重ねて実現されている。

Point 2 今が全盛期といえるメロディセンス

 ではこのアルバムは音楽オタクがその音響の凄さを語るためだけのアルバムなのか。いや断じて違う。むしろ今こそ全盛期ではないのかと言えるほど各楽曲のエネルギーが弾けている。

 WeezerのRivers CuomoやシンガーソングライターのButch Walkerとの共作 「クロックワーク」、溜めて溜めてのサビで全ての楽器がの音色がガッと炸裂する瞬間、はやくもアルバムを聴く全てのリスナーは心を握られたに違いない。

 Homecomingsのボーカルである畳野さんをゲストボーカルに採用した「UCLA」はミニマムな音像から重厚なサビまで行き来する曲の展開といい、二人のボーカリストの歌声の絡みといい聴きどころの多い今作の核となる曲のひとつである。

 先述の「荒野を歩け」や「ボーイズ&ガールズ」といったシングル曲や、サビでのギターリフが気持ちいい「モータープール」もお気に入りだが、今作でのイチオシには「ダンシングガール」を挙げたい。この曲も再びRivers Cuomoとの共作だが、Weezerを彷彿とするような80%爽やかさ20%切なさの配合されたパワーポップが堪らない。この曲のサビを聴いてグッときた僕は、思わず家を飛び出し夕方の河川敷を一思いに走った。バカみたいな話だが、それだけ聴き手の心に何らかの思いを起こさせウズウズさせる魔法がたっぷり詰まっているのだ。

 

 結成20周年を越え今に至るまで、初期衝動を発現させたデビュー当時の音楽から、キャリアを重ねると共にバラエティに富んだ音楽、様々なジャンルへの接近を目指した音楽などへと音楽性を広げ果敢に挑戦してきたバンドであるが、彼らはここにきて初期のようなパワーポップを、しかし焼き直しではなくこれまでの試みを包含した深みのある音楽として鳴らしてみせた。このアルバムを何度も何度も聴きながら、ただただロックって良いなと思いを馳せる。そう思わせる今作こそ、ギターロックに熱狂する僕らにとっての「ホームタウン」だ。

 

ホームタウン(初回生産限定盤)(DVD付)(特典なし)