音楽紀行(ライブレポ、アルバムレビュー)

行ったライブの感想や聴いたアルバムのレビューを。いい音楽を見つけるツールにも。

The 1975「A Brief Inquiry Into Online Relationships」を聴いて

 お気に入りのアルバムを聴こう。机に開いたノートには、アルバムの全楽曲の歌詞とその和訳が、稚拙ながら丁寧に書き連ねられている。左手にはコーヒーカップ。そうして、神前に向かう厳かな儀式を執り行うようにいつもの手順を追ったら、レコードに針を落とす。ツー、プツプツ…。冒頭のトラック「The 1975」が聴こえてくる。彼らのアルバムは全てこの同じタイトルの曲から始まる。同じ歌詞、だが全く異なる姿を見せる曲調。これからどんな時間が流れるのかを予告する楽曲であり、アルバムが内包する世界への招待状でもあるのだ。

 

 ふと思い浮かんだのは、たまたま大学の講義で知り合ったあの子。音楽が好きで意気投合した彼女。「最近レコードに興味があるんだよね、君詳しい?」と満面の笑みで聞いてくる彼女を見ていたら、今やニッチな趣味でしかないレコードの話を、つい長々としてしまいそうになる。彼女はこのアルバムをもう聴いただろうか。気に入った曲はあっただろうか。彼女と面と向かって好きなものの話をすることさえ、赤面してしまい憚られる。

 

 気になっている彼女にこちらから声をかける勇気も出ず、こうなると日常において好きなアルバムの話をする機会などめったに訪れない。そして今日もまたスマホを取り出す。SNSを通じて知り合った、同じ趣味を持った顔も知らない人々。彼らはいったいどんな思いでこのアルバムを聴いたのだろうか。各々が思い思いにアルバムを聴き、それぞれ思い入れの深い曲を見つけているのだろうか。自身の過ごす時間や考えを重ねているのだろうか。僕のように…。

 

 

 

「Give Yourself A Try」

@fraise95poisson

 私は音楽が好きだ。今どきの女の子は、SNS上に友達同士で出かけた写真や見栄えのするパンケーキの写真などを載せるものなのかもしれない。でも気づけばディスク○ニオンに足を運んじゃう。そんな私の背中を押してくれるようなこの曲が大好き。

 現実でもネットでも四六時中つながっているような今の時代、周りに合わせないことは時につらいし困ることだってあるけれど、「Won’t you give yourself a try ?」と素敵なサウンドに乗せて歌われたら、好きなものに正直に、思うがままにやって良いんだ!って思えた。

 歌詞からふと頭に浮かんだのは、律儀に和訳をし、わざわざコーヒーを入れてレコードを聴くという、変わり者の彼。音楽が好きで好きでたまらない、っていう顔でいつも話す彼はこのアルバムを聴いただろうか。今度会ったら聞いてみたいな。

 

 

「TOOTIMETOOTIMETOOTIME」

@playmeet2727

 軽快なリズムに乗って、「たった1度だけ」「2度はあったかも」「3回は無かったね」「4回以上はありえない」なんて言葉遊びのような軽妙さで、お互いの浮気について軽薄なやり取りが描かれる。ポップミュージックのためのあえての冗長さ、だろうか。

 大学生になった息子は自分に似たのか、レコードを聴くことに夢中らしい。そんな彼が家でずっと聴いていたのが気になり、私もこのアルバムを聴いてみた。1番のお気に入りはこの曲だ。嘘や浮気に関わる彼女とのやり取りなんて重々しくなりそうなのに、反直感的な歌詞は爽やかさすら感じられる。

 SNSを通じポンポンとリズムよくやり取りするのが今や普通だと聞く。そう考えると若者のフィーリングにぴったりマッチする曲なのかもしれない。だからこそ老いぼれの私には新鮮に映ったのか。若い頃の自分はどうだっただろう、この軽妙さは持ち合わせていたなんて言ったら、息子や妻に何と言われるか。

 

 

「How To Draw / Petrichor」

@paint_06q

 何かを表す言葉があるとき、それは人々がそれを捉えようとした証ではないか。「Petrichor」とは雨が降ったのちに地面から立ち上る匂いのことらしい。田舎の実家を思い出す。

 晴れ間の切れ目にさっと雨が降った日、家の縁側に座り、ひたりひたりと降る雨音に耳を澄ましていると、立ち上ってくる匂いが鼻に届く。素敵な思い出だ。何に似てるとも言い難いこの匂いが「Petrichor」という言葉によって初めてはっきりと捉えられるようになったのだ。

 私が心に抱く感情、それを表す言葉があるのだろうか。その言葉を持ち合わせない故に、捉えがたく描きづらい。それでも描くことをやめて、ネット上に溢れる他者により使い古された言葉に身を預けるのではなく、自分なりの言葉を探す努力をしたい。

 もしぴったりな「言葉」が手に入ったならば、きっと私にも素敵なものが見えるはずだ。

 

 

「Love It If We Made It」

@adventure04stuts

 ネット上の無責任な発言や誤報から、黒人文化の問題、アメリカにおける受刑者の過酷な労働利用、移民問題、偉大なアーティストの薬物による早すぎる死、政治、資源、自由主義、人種、変わりゆくアメリカとそれを取り巻く世界まで。

 Mattyの切実で悲痛な叫びのような歌声は、こうやって文字で羅列するだけでも長くなる、現在社会に溢れる問題を流れるように挙げていく。それはまるで、ちっちゃな島国にいながら、世界中で何が起きているか、スマホの画面をスワイプすればその一面をすぐさま知ることができるのと似ていた。

 ネット社会の現在には情報が次から次に溢れてくる、それ故に情報の真偽を見極める時間もない。誰もが情報の発信主になり得る、それ故に身勝手な情報により人々を右往左往させる。「Modernity has failed us」技術の進歩とともに、現代は人々の倫理も生活も置いて行ってしまったのだ。

 目をつぶり、耳を覆い、口をつぐみ、現代に悲嘆し何もしないことが身を守る術なのだろうか。いや、そうではない。こんなに悲惨な物事を並べ立て悲痛に叫ぶ彼は、それでも「Love it if we made it」と歌っているではないか。こんな世の中だからこそ、何かを成し遂げることは尊いことなのだ。

 私はこの春から海外に留学する。一年は帰ってこない予定だ。自分は何を成し遂げることができるのだろうか。慣れぬ環境、この目を通じて見る世界の有り様。抗って抗って、「何かを成し遂げることは素晴らしいのさ!」と高らかに宣言したいのである。この曲を伴って。

 

 

「Be My Mistake」

@tomato99lol

 間違いを犯す。自覚的に確信的に犯す。一度きりの間違いを犯す。その間違いが自分にとって甘美で素敵であるほどに、自分の罪深さをより感じ取ることになる。私の罪は人を傷つけるものだっただろうか。

 「若いのだから、考えなしに間違いを犯したって構わないんじゃない。」と言われた。残念ながら私には、喉に刺さった魚の骨に気付かぬような鈍感さは無かったらしい。せめて罪の意識に苦しむのは自分だけでありますように、だってこれは私の犯した間違いなのだから。

 人の心に侵入する歌声とアコースティックギターに聴き入り逡巡していたら、部屋のろうそくが今にも燃え尽きそうだった。

 

 

「Sincerity Is Scary」

@runrunrun_72

 朝起きる。カーテンを開け差し込む朝日に呻き声を上げる。朝食を作り、味付けが上手くいったななんてぶつぶつ言いながら食べる。歯を磨き、わくわくしながら支度をする。そしてお気に入りの靴を履いて出かける。ヘッドホンをつけ、トランペットが聴こえてくる瞬間から、輝かしい今日が始まるのだ。

 20分少々の道のりだってそこには発見で溢れてる。この季節にはこの鳥が鳴くんだな、あそこの店は看板を変えたんだな、この時間帯はサラリーマンが多いんだな…。世界を自分の目を通じて見れば、自分だけの感情が生まれる。それを皮肉に溢れるデジタル世界の流儀に沿って表現するなんてもったいないね。

 ネットともなれば無限にいる「周りの人たち」の考えなんて手に負えないのだから、気にしても仕方ない。自分を騙さず、自分に正直に、自分だけの言葉で心を表したいな。いつもの通学路、ハイハットのリズムに合わせて進む足はおのずと速くなる。

 

 

「I Like America & America Likes Me」

@tripvote11

 先月、私は留学中の友人に会いにアメリカに行きました。いろんな観光地へ行ったり、素敵なバーで音楽を聴いたり。日本から来たと言うと「サービスだ!」と多めにお菓子をくれた気さくなお兄さんとのやり取りは愉快でした。

 アメリカは銃社会だと言います。私も滞在中にたまたま本物の拳銃を目にすることがありました。調べてみると実際には約3分の1の世帯しか銃を所持していないそうですが、やはり銃とは無縁の日本に普段から住んでいる者からすると慣れないものです。

 アメリカでは銃規制の声もあり、実際に規制を支持する人は多いと友人が話していました。しかし国の成り立ちや合衆国憲法との関係、また生活における平等や安全という面から銃が生活の一部に含まれているものを一気に変えるのは難しいのも理解できます。

 社会を変えるのは若者です。50年も60年もかけてようやく変えることができるのではないでしょうか。正しいと思うことを信じ、自ら声を上げること。彼ら自身がアメリカという国を愛しているから。国民なくして国家なし、だから。

 日本に帰ってきて、アメリカとの違いはもちろん類似点がはっきりと感じられました。私も日本という国が好きです。「Believe, and say something…」

 

 

「The Man Who Married A Robot / Love Theme」

@iriswons08_now

 実家でこの曲を流していた時のこと。珍しく母親が寄ってきたかと思ったら「なに、この薄気味悪い曲は?」と一言ポツリとこぼすのだ。Siriが淡々と独白を続けるこの曲のどこが薄気味悪いのか、理解できず私はしばし頭をひねる必要があった。

 これまでの時代の当たり前が僕らにとってそうじゃないように、僕らにとっての当たり前が他の世代にとっては当たり前じゃない。機械の音声は今やそこら中で耳にするし、話し相手や楽曲を歌うボーカリストにさえなる時代だ。しかし前の世代の人には無機質で冷たい音声として響くこともあるのだろう。

 この曲で描かれる「ロボットと結婚した男」は不幸で哀れだと断じることはできるのだろうか。彼は希薄な人間関係しか持たず孤独であり、インターネットだけが大切な存在だった。二人で言葉を交わし、愛を確かめ、そして世界の片隅で死んでいった。

 しかし彼は、「Man does not live by bread alone.」と聖書の一節を引用する。生きるのに物体的満足では足りず、精神的なよりどころが必要だという意味である。彼は幸せだったのだ。先に言ったように時代とともに「当たり前」なんてものは変わる。ならば彼の幸せを今の時代の物差しで測ることなどできないのではないか。

 時代とともにテクノロジーは進化する。テクノロジーが進化し人々の生活も変わり、愛の形さえ変わる。だからこそ自分にとって何が大事なのかを見失うな、そう語りかけてくれているようで、やはり僕にはSiriの音声が暖かく感じられるのだ。

 

 

「Inside Your Mind」

@heartshapecat88

 君はどう思っているのかな、心を覗き込んでみたくなる。会っている時間も、会っていない時間だってSNSがあるから、ずっとあなたを目にしているようで、あなたのことばかり考えちゃう。ある意味文明の呪いよね、これは。

 インターネットがあるおかげで、物理的にも時間的にも精神的にも、相手との距離の概算を誤りがちになる。ふと届くと思って伸ばした手が錯覚をすり抜けるからこそ、正しい現像を捉えるために、君が何を思い何を好み何を夢見るのか知りたいのかな。

 

 

「It’s Not Living (If It’s Not With You)」

@grow19whiskey

 まるで麻薬のような甘い人間関係に溺れてしまう。決して叶わぬ慕情を抱く相手との、友達として過ごす時間。好きな本や映画、今日聴いていた音楽について話す時間。行ったことのない場所に二人きりで行って、見たことのないものに瞳を輝かす時間。

 仲の良い友達同士として振る舞えばとても楽しくて、好きな相手と過ごす時間は何物にも代えがたかった。このままでいればうまくいくのに恋人同士になりたい自分がいる。

 相手の友情に付け込んでいるようで、拭い去れない自分の思いを騙しているようで、身体の奥底から血液がバシャバシャと沸騰する。「Collapse my veins, wearing beautiful shoes」というこの曲の一節が聴こえる。

 薬物中毒のような2人の関係を断ち切ったとして、また友達としてやり直せるだろうか。どうしようもない自問自答を繰り返す間、軽快でポップな曲調に乗せて、「It’s not living if it’s not with you」と歌う歌声が鼓膜から伝わり、頭蓋骨に何度も反響した。

 

 

「Surrounded By Heads And Bodies」

@angela12riri

 同じ痛みを抱えた知り合いがいました。いえ、知り合いというにも足りないくらいかもしれません。一時期、私は放課後になると図書館に行き閉館までずっとそこで過ごしていました。イヤホンで音楽を聴きながら、気になった本を手に取り読んでいました。

 毎日通っていると、いつも同じ時間に少年がいることに気づきました。なのであるとき話しかけてみたのです。「何を読んでいるの?」「アメリカのポストモダン文学だよ、David Fosterっていう作家の本なのだけど。」

 私は国内の本はよく読みますが海外文学には疎く、その作品も知りませんでしたが、少しだけ興味を持ちました。毎日話すうちに彼も少しずつその作品について教えてくれました。無表情に見えた彼も心なしか人らしさを感じられるようになりました。

 やがて私は進学し、好きな音楽について話せる友達もできると、ぱったり図書館に通うことも無くなりました。そう、私は自分の好きなものについて語り合える友人を全く持たなかった故に、疎外感を避けるべく知り合いが誰もいない図書館へ行って、音楽を聴こうと思ったのでした。

 彼もそんな存在を求めていたのでしょうか。この曲を聴いていたら、ぼんやり彼とのやりとりを夢に見ました。彼への気がかりから夢を見たのか、この曲が私に夢をみせたのかはわかりません。

 

 

「Mine」

@flowerwerchrr

 流れる時間がほんの少し遅くなる。この曲が魔法をかけているようなのだ。優しげなJazzの響きは何十年も前から存在する普遍さがあってか、白湯のように沁みる。ゆっくりと進む時間が、考えを深める契機になる。

 私もあなたも、社会人になり相変わらず忙しく過ごしていますね。少し強めのお酒をグラスに注いで、少しずつ中身を枯らしながら一緒にガシューウィンを聴いていた時間が懐かしいです。今ではなかなかそういう時間が取れませんが。

 「I see sunshine because I know that you are mine」という一節がこの曲にはあって、ついつい頷いてしまうよ。忙しく日々を過ごしていても、君の存在が助けになってます。もっと関係を深めるべく一歩進めるべきなんだろう、だけど怖さもある。あなたの無限の未来を僕が狭めてしまうんじゃないかって。

 やるべきことをやらなくちゃいけないよ、歌声に絡むトランペットの音色はそう語りかけているようで、小さい頃に優しく言い聞かせてくれた僕のおじいちゃんの声みたいだった。

 

 

「I Couldn’t Be More In Love」

@intowneuro79

 今の時代、立ち止まる時間が僕らにはあまりない。ネットに出た情報はあっという間に拡散するし、そもそも大量に流れて行く。文化にしたってそうで、世界のどこにいたって、ネットを通じてすぐに出たばかりの音楽を聴けるし、本だって家から出ずとも電子書籍としてすぐに手に入る。

 人間関係だってそう。送ったら数日かけて相手のもとに届いていた手紙、往復にかかる時間だけ相手のことを考える暇があっただろう。それがメールとなり、SNSとなった今、タイムラグ無くやり取りできるようになった。

 時代のスピードに僕は付いていけてない。きっと、行き遅れた前時代の人種なのだろう。それでも良いのだ。あなたが好きで堪らないのだという感情を噛み締める時間を大事にしたいから。周りの風景はとんでもない速さで過ぎ去っていても失う恐怖はない、手を繋いでいるものの温もりを感じられているから。

 読み返してみると恥ずかしくなるけれど、あまりにもストレートに甘々に心の奥底から絞り出すように「I couldn’t be more in love」と歌い上げる歌声に少しだけ勇気をもらったことにしてほしい。

 

 

 

 

 …アコースティックギターストローク、そしてピアノの音色がそこに重なる。僕の一番大好きな曲、アルバム最後の曲「I Always Wanna Die (Sometimes)」にさしかかる。ぎょっとするタイトルに、壮大で王道のロックバラードだけど少し憂いのある曲調。でも不思議と僕は暖かさを感じるのである。たぶん僕の好きないろんなバンドの楽曲と同じ香りがするから、ではない。

 僕にとって孤独さとは無意識に自分の「死」を照らすものだ。考えて考えて考え込む。そして部屋の片隅に座り「いつも死にたいと思っている」かの様な表情を時折浮かべるのだ。しかし絶望の表情では決してない。死を思い、死に向かって進むからこそ、あらゆるものに影響されながら、うまくいかない生活の中で、それでもただただ何かを積み上げていくことができるのだから。暗い中にこそ希望が見えるのだと僕は考える。矛盾してるようなことを同じようにこの曲も歌っている。僕と一緒だ。これで良いのだ、無理にうまくやろうとしないで。人生幸せかのような表情でいなくとも。大事なことのために、できることをやっていく。これで良い。

 

 

 

 回転していたレコードが止まり、音が鳴りやんだ。1時間に満たない時間だけど、曲数の分だけ様々な感情が湧いてくる。僕が楽曲の歌詞をわざわざ和訳するのは、まっさらな状態で楽曲を初めて聴いて、そこに抱いた自分の感情を言語化する糸口を探したいからだ。自分の英語力の無さを恨むべきところだが、歌っている歌詞の大部分はそのままでは聞きとれず、理解もできていない。だから曲に対するファーストインプレッションは、常に音のみに対するものだ。音楽レビューを書いている専門家やマニアのように音楽性も他のアーティストとの関連性、時代を映す音楽シーンといった背景も分からず、ただただ聴こえてくる音だけに耳を傾ける。そして芽生えた感情の正体を知りたくて、この楽曲は何を歌っているのか歌詞から辿っていくのだ。果たして、自身の抱いた感情はうまく言葉にできただろうか。自分で判断できることではなく、同じ音楽を聴き、僕の言葉に目を通してくれた他人だけが判断できることなのだから厄介である。

 

 

 

 やはり僕は音楽が好きなのである、どうしてかはまだうまく言葉にできないけれど。いや一生できない気がするし、できなくて良い気もする。

 ブブブ…。スマートフォンが揺れる。誰からの連絡だろうか?手に取りロックを解除する。

「The 1975の新しいアルバム聴いた?めっちゃいい曲ばっかりなの! サウンドも歌詞もほんと良くて…。もし聴いてたらまた今度話そうよ、聴いてなかったらすぐ聴いて!!」

 僕はゆっくりと丁寧にフリック入力した。「聴いた!めちゃくちゃ好き!レコードも買っちゃった笑 なら明日授業終わりにでも話さない?学校の近所にレコード流してくれる喫茶店あるからそこで」

 

ネット上の人間関係についての簡単な調査

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