音楽紀行(ライブレポ、アルバムレビュー)

行ったライブの感想や聴いたアルバムのレビューを。いい音楽を見つけるツールにも。

僕はAqua Timezの音楽を聴いてなぜ恋に落ちたのか

 僕はあなたの音楽を聴いて恋に落ちました、初めて音楽というものが心の底から好きになりました。この恋心を文にしよう。誰が見ているかも分からないネット上の片隅で、誰もいないうちに好きな子の靴箱にそっと便箋を差し込むように、ここに記そう。あなたの音楽を思い浮かべながらそんなことをずっと考えていました。

 

 

 「青い空」を聴いて思うのは、さんざん使い倒された表現だけれど、あなたの音楽はいつだって等身大だということです。歌詞で描かれる人間は決して強くないし、超人でもない。できないことに目を向けて、孤独に体を震わせ、ああでもないこうでもないともがく、どこにでもいる弱い人間でした。だからこそ僕にはすごく響いたのかもしれません。「高すぎる空よ 青すぎる海よ」と歌うこの曲に、誰もが称える空や海の美しさがときに眩しく思う僕の偏屈な感情も許されたような気がしました。弱さを抱えていることも人を好きになることも届かない夢を持つことも、何一つ恥ずかしいことなんかないんだと、思春期を迎えたばかりだった僕の背中をさすってくれるような、そんなあなたの音楽が大好きです。

 

 

 思えば生まれて初めて見たバンドのライブも、僕の住んでいた田舎町まではるばる来てくれたあなたのライブでした。「自転車」が聴きなずんでいたCDの音源よりもラフでテンポも早くアレンジされていて、「バンドのライブは音源を越えるんだ!」という夢のような事実を知って目を輝かせました。観客がタオルを回して盛り上がる姿を見て「ライブって会場がひとつになるものなんだ!」と素敵な空間の中で汗を振り絞りました。そんなあなたから貰った思い出が、今僕の足を色んなライブ会場へと運ばせています。

 

 

 「Perfect World」を聴いたのは、全てが未熟なくせに何事にも対しても一丁前に考えを抱くようになった学生時代。何が正しいかも分からないのに、立ち止まっていることもなんだか怖くて無理に歩みを進めていた頃。あなたの曲が与えてくれたのは「称賛」でも「叱咤」でもなく「共感」でした。たかだか10年そこらしか生きていなかった僕がこの先の生き方を決めるということは、見知らぬ土地を地図もコンパスも持たず進むことと同義でした。それでも同年代にはうまくやっていく器用な人も大勢いて、自分だけが生きづらさを抱いているのではないか、という苦しみが付きまとって離れませんでした。まるで僕自身のことを歌っているような錯覚に陥る程に、この曲はそんな自分に寄り添ってくれる存在だったのです。

 

 

 言葉にできぬ思いを僕に代わって奏でてくれたのは、あなたの音楽でした。自分にしか分からない思っていた苦しみを誰にも打ち明けず胸にしまっていたのに、あなたはそれを歌にしてくれました。心の内で流した涙を「世界で一番小さな海よ」と、それは美しいと歌うこの曲が僕をずっと支えてくれていたことに気づいたのは、ごく最近だったのかもしれません。

 

 

  初めてのベストアルバムを出し活動に一段落つけたあなたが続いて出したアルバム、その中の「カルペ・ディエム」を聴いたときふと僕は大人になるということについて考えました。「Carpe Diem」という言葉の意味を辞書で調べて、ホラティウスの詩の一節「Carpe diem quam minimum credula postero」から取られていること、「明日のことは信用せずに今日という花を詰め」という意味だということを知りました。「変わらないものってさ ほんとに綺麗だね けど綺麗なものって 変わってしまうんだ」と歌われるこの曲を耳にして、今いる場所に立ち止まって幸せを享受するのが子供だとしたら、物事は変わってしまうという残酷な現実に目を据えてそれでもなお日々歩みを進めるのが大人なのではないかと思いました。

 

 

 高校を卒業し、長く過ごした田舎町からも両親からも友達からも離れ進学することが決まった頃。毎日学校で友達と顔を合わせ休み時間には下らない話に花を咲かすこと。朝には「いってらっしゃい」と見送られ夕方には「おかえりなさい」と迎えられること。当たり前に思えていたそれらのことが実は自分にとって大切なもので、幸福そのものだったのだと、この曲の伝えようとしていることを理解したのは独り暮らしを始めた最初の夜、明かりも音も無い6畳間に帰ったときでした。気づくと部屋の棚からCDを引っ張り出し、オーディオで「HOME」を繰り返し聴いていました。

 

 

  「ヒナユメ」この曲にはあなたの大好きなところが全部詰まっています。「ヒナタにユメを散らかして」という「青い空」での一節から付けたこのタイトルに、デビューからずっと変わらない根幹の部分を感じます。あなたの音楽を形容するなら、自分がとてもとても幼い時に軒下でひとり遊んでいた僕の手を引いて庭の方へと連れ出してくれたおばあちゃんのような…なんて表現はへんてこでしょうか。そんなあったかい思い出のような、大好きな音楽です。

 

 

 「アスナロウ」この曲からはあなたのバンドとしてのかっこよさが溢れていて、初めて聴いたとき思わず部屋で声を上げたのを思い出します。言葉遊びのような歌詞を歌う声も、分厚く響くギターも鋭い音色が気持ちいいベースも小気味良いドラムも滑らかに流れるキーボードも、音が次々に溢れてきます。それを耳にしていると、つくづくあなたというバンドが音楽を奏でていたのは奇跡みたいだなと思うのです。メンバーそれぞれが元々は異なる音楽の嗜好を持っていて、それでいてあなたにしかできない音楽を生み出すことになったんですから!

 

 

 毎度のように発売したばかりのアルバムを聴き、最後に収録されていた「last dance」を聴いたとき、あなたはどこまでも律儀なバンドなんだなと思いました。誰よりもあなた自身が感じ取っていたであろう「最後の日」の予感を、誰よりもまずこうやってCDを手に取ったリスナーに伝えるところ。「最後の日」のその先を望む心をあなた自身がこうやって曲や言葉にするところ。

 だから僕も、こうしてあなたへの愛を言葉にしました。誰が読むかもわからない、あなたに伝わることなんて万にひとつも無いかもしれないのに。でもいつか回り回って思いが届いて、「またどこかで逢えると言って」くれることを祈って。 

 

 

 

 

 

 「うたい去りし花」を聴きながら、思わず顔を覆いたくなるようなこの恋文を書いていました。僕にとってはあなたこそが「うたい去りし花」だったのです。弱さや孤独を描くあなたの音楽に救われ、「その感情はあなただけのものじゃない」と語りかけてくれるあなたの音楽を聴いて恋に落ちたのです。あなたの音楽を聴きながら過ごした青春時代。今もその青春が続いているかは分かりませんが、あっという間に過ぎ去ったその時間をあなたと共に駆け抜けたのです。「若き羽ばたき」や「薄紅のつぼみ」のような、あっという間に過ぎたあの時間の中にだけあった素晴らしいものを讃える、そんなあなたの音楽に、日々細かなあれこれに悩み傷つくことに忙しかった僕も「強く生きてみます」と何度も誓ったのです。

 

 

 こうやって振り返るとあなたがくれた全ての曲に、僕の思い出も感情も大量の付箋のようにベッタリとくっついているのです。いつか年月が流れ青春が過去のものになったとき、「あの頃は良かった」と懐かしむときにあなたの音楽がまた隣で鳴っていてくれるのを願います。こうして大人になれました、立派ではないかもしれないけれど、それでも強く生きていますとそのときは伝えられるように。

 これまでずっとありがとう、これからも宜しく。愛しています。