音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

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Billie Eilish「everything i wanted」 歌詞和訳&解釈

 今年世界で最も注目されたアーティストの一人Billie Eilishによる、今年出た1stアルバム「When We All Fall Asleep, Where Do We Go?」以来8か月ぶりの新曲「everything i wanted」がリリースされました。

 この新曲からはありのままの感情や考えが見えるようで、彼女を渦巻く周囲の熱狂や喧騒が見づらくさせていた今の彼女のパーソナルな部分を目の当たりにできた気がします。同時にアーティストが抱く今の時代特有の苦悩はリスナー側にとっての問題でもあると考えさせられます。

 

 

 和訳だけ読みたい方もいらっしゃると思うので、の部分について註釈は下段にまとめています。気になる方はご一読されるとより楽しんでいただけると思います。


Billie Eilish - everything i wanted (Audio)

 

I had a dream

I got everything I wanted

Not what you'd think

And if I'm  bein' honest

It might've been a nightmare

To anyone who might care

夢見たもの

望んでいたものは全て手に入ってしまった

でもそれは人々が想像するようなものじゃなかった

正直に話すなら

悪夢でしかなかったでしょうね

私を気にかけてくれる人達にとっては(※1)

 

 

Thought I could fly (Fly)

So I Stepped off the Golden, mm

Nobody cried (Creid, cried, cried, cried)

Nobody even noticed

I saw them standing right there

Kinda thought they might care (Might care, might care)

飛べる、と思った

だから「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」から飛び降りた(※2)

でも誰も涙しなかった

誰も私を気にすることはなかった

彼らがただ立ち尽くしているのが見えた

気にかけてくれるものだと思っていたのに(※3)

 

I had a dream

I got everything I wanted

But when I wake up, I see

You with me

夢見たもの

欲しかったものは全て手に入ってしまった

けれど目覚めて、私は目にする

そばにいるあなたを(※4)

 

 

And you say,

"As long as I'm here, no one can hurt you

Don't wanna lie here, but you can learn to

If I could change the way that you see yourself

You wouldn't wonder why here, they don't deserve you"

そしてあなたは言うの

「僕がそばにいる限り、誰にも君を傷づけさせやしない

ここでは嘘をつかないで欲しい、きっとすぐできるようになるよ

もし僕が、君の君自身に対する思いを変えられたなら

きっとどうして自分はここにいるのかなんて思うことないだろうに、彼らは君には値しないよ。」(※5)

 

I tried to scream

But my head was underwater

They called me weak

Like I'm not just somebody's daughter

Coulda been a nightmare

But it felt like they were right there

叫ぼうと声を振り絞った

だけど頭まで水中に沈んでしまっていた

人々は私を脆いものだと揶揄する

私も人の子であることを忘れてしまったみたいに

悪夢でしかなかった

彼らはすぐそこにいるように思えた(※6)

 

And it feels like yesterday was a year ago

But I don't wanna let anybody know

'Cause everybody wants something from me now

And I don't wanna let 'em down

昨日のことが去年あった遠い出来事であるかのよう

だけど誰にも知られたくない

だって誰もが今では私に何かしらを望むから

彼らをがっかりさせたくはないもの(※7)

 

I had a dream

I got everything I wanted

But when I wake up, I see

You with me

夢見たもの

欲しかったものは全て手に入ってしまった

けれど目覚めて、私は目にする

そばにいるあなたを

 

And you say, "As long as I'm here, no one can hurt you

Don't wanna lie here, but you can learn to

If I could change the way that you see yourself

You wouldn't wonder wht here, they don't deserve you"

そしてあなたは言うの

「僕がそばにいる限り、誰にも君を傷づけさせやしない

ここでは嘘をつかないで欲しい、きっとすぐできるようになるよ

もし僕が、君の君自身に対する思いを変えられたなら

きっとどうして自分はここにいるのかなんて思うことないだろうに、彼らは君には値しないよ。」

 

 

If I knew it all then, would I do it again?

Would I do it again?

If they knew what they said would go straight to my head

What would they say instead?

If I knew it all then, would I do it again?

Would I do it again?

If they knew what they said would go straight to my head

What would they say instead?

もしこうなることが全て分かっていたなら、同じことをしただろうか

人生をやり直せるとして、もう一度また繰り返すだろうか(※8)

もしも彼らの言ったことがそのまま私に突き刺さると分かっていたなら

口にする言葉を変えるだろうか(※9)

もしこうなることが全て分かっていたなら、同じことをしただろうか

人生をやり直せるとして、もう一度また繰り返すだろうか

もしも彼らの言ったことがそのまま私に突き刺さると分かっていたなら

口にする言葉を変えるだろうか 

 

解釈・註釈

※1

この曲における「夢」とは、彼女がここ1,2年で経験したスターダムな世界。世界中で自身の楽曲が人気となり様々な土地でライブをしたこと、各国音楽フェスでもメインステージのラインナップにその名が並び、名声を手に入れた現在はまさに「夢のようなできごと」だったに違いありません。しかし同時に急速に変わりゆく彼女の状況は、彼女を心配する人々にとってはたまらなく不安であったことでしょう。そして人気が絶頂を迎えつつある今、彼女自身にとっても「悪夢」となってしまったことがこの曲では歌われます。欲しかったものは手に入ったが、その過程や現状は決して夢見ていたような良いことばかりのものではなかったと。

 Billie Eilishのデビューアルバム「When We All Fall Asleep, Where Do We Go?」は寝ている間に起こる出来事として「悪夢」や「金縛り」をテーマの一つとしています。特にアルバム全体の方向性を決定づけた「Bury A Friend」で描かれる内容は本作ともリンクする部分が多いように思います。

 

※2

 ここにおける「Golden」とは、アメリカ西海岸にある吊り橋「Golden Gate Bridge(金門橋)」のことを指します。主塔の高さは水面から227mあります。この曲のアートワークはイギリスの芸術家Jason Andersonにより描かれた金門橋だそうです。

 この金門橋は世界でも屈指の自殺名所として知られているようです。

www.latimes.com

 

 アートワークを描いたJason Andersonのホームページで彼の作品の一部が紹介されています。

www.jasonandersonartist.co.uk

 

※3

 金門橋から飛び降りた彼女に対し人々は見向きもしなかったという彼女の見た悪夢は、良くも悪くも多くの人々から注目が注がれる彼女の現状と対照的でとてもショッキングな内容だと思います。世界的な成功を収めた彼女であっても、その成功やファンからの支持がまるで空虚なものであるかのように感じる恐怖心を抱いている、ということが表されているように思えます。なぜこのような空虚さを感じたのか、その一端には後述するような今の時代ならではのアーティストの苦悩があるのではないでしょうか。

 

※4

 悪夢のような日々を過ごす彼女にとって救いとなる存在とは、彼女の実兄であり楽曲を共に制作するFinneasのことです。この曲では実兄(=「you」)との関係性も描かれています。

 Finneasについて紹介した素晴らしい記事があるので、よければそちらもご一読を。

note.com

 

※5

 BillieとFinneasとの間には強い信頼関係が結ばれているようです。彼女がそうであるようにFinneasもどんなことが起ころうが彼女のそばにいて、彼女を傷つける存在から守り続けると伝えます。急激に変化する彼女の周囲の世界の中で、家族は変わることなく彼女と共にいるかけがえのない存在なのでしょう。

 後に述べるように今の時代本当のことばかりを言うことは許されないでしょう。しかしBillieとFinneasとの間では嘘や偽りを用いることなく本当のことだけを言っていいのだとFinneasは語りかけます。今の人気が空虚なもので自身に価値なんかないのではないかと感じる必要なんてなくて、そう思わせるような言葉を投げかけてくる人々は相手にするに値しないのだという彼の言葉がどれほど彼女を救ったのでしょうか。

 

※6

 彼女の見た悪夢についての描写は、金門橋から飛び降りた末に水中へ沈み込んでいった結果、叫ぶことすら許されなかったという部分で終わりを迎えます。

(ちなみにこの一節にちなんで、楽曲の一部を水中で録音したみたい)

nme-jp.com

 

 そしてこの悪夢は「悪夢のような」現実ともリンクしてしまいます。SNSなどが発達した現在では、有名なアーティストに対しても気軽に言葉を伝えることができます。言葉の伝達のハードルが取り去られたおかげで、誰もがアーティストに対して「この楽曲が好き!」「ライブ最高でした、また来てください!」など愛情や感謝を伝えるのが容易になった一方で、直接面と向かうことなくあくまでネット上の「アカウント」に過ぎない存在だと考えて「まるで人の子でないもの」として平気で悪意をぶつける人々も多いです。

 何を発言しても、時には一部を切り取られたり間違った解釈をされたうえで拡散され、それに対して過剰な罵詈雑言が何倍にも膨らんで帰ってくる状況では何も話せない。まさに水中に沈み叫ぶことができない「あの悪夢」そのものではないでしょうか。そして悪意のある人々は実際には直接会うこともないはずなのに、SNSの距離感の近さゆえに「彼らがそばにいるかのように」感じてしまうのです。ネットから断絶した世界に住まない限り、四六時中彼らの言葉に晒されるのですから当然です。

 

※7

 Billie自身にとってこの1,2年での急激な変化は戸惑いの多いものだと思います。

 

 

 しかし一方で、多くの人々に楽曲が愛されコンサートでは大盛り上がりする様子は彼女にとっても素晴らしいものです。名声を得たことは悪いことばかりではなくかつて夢見たような素敵なもので、だからこそ人々の期待に応えたいと彼女は考えます。彼女の圧巻のパフォーマンスに対し人々の歓声が止まないBillie Eilishのライブはとても素敵な光景です。

 

 

※8

 この曲の素敵なところは、彼女が見た「悪夢」そのものであるような現状の苦しみのなかでも、決して名声を得たことを全て否定するものじゃないという点だと思います。

 欲していた名声を得た結果生まれた状況は、夢見たような素晴らしいものばかりではなかったけれど、それでも多くの人々に楽曲が愛されていることは確かであり、きっと彼女はこの苦しみを抱くことが分かっていたとしても同じことを繰り返すことでしょう。苦しみの中でも彼女の楽曲やファンに対する愛情や覚悟が示された一節であるような気がします。

 

※9

 SNSは距離感の概算を見誤りやすいものだと思います。前述の通り気軽に言葉を直接伝えられるという点ではとても距離の近い手段と言えますが、一方で相手と顔を合わせることなく言葉を伝えるという点ではとても距離の遠い手段のようにも思えます。故に相手を直接傷つけることも容易である、ということに無自覚なまま平気で強い罵声を浴びせる人々も多いです。直接面と向かっては憚られるような言葉すら選べてしまうのです。

 これはBillieのみに限った話ではなく、今の時代多くのアーティストが直面する苦しみではないでしょうか。(そしてアーティストに限らず私たち一般の人々にとっても当てはまる)

 先日No Nameが訴えたアーティストとファンの関係性についての訴えは悲痛であり、またニューアルバムを今年リリースしたChance The Rapperや今年のグラストンベリーフェスティバルにサプライズ出演したColdplayのChris MartinもSNSで寄せられた多くの心ない言葉に苦悩を訴えています。

sublyrics.info

nme-jp.com

 

 今の時代ならではの苦悩を抱えるBillie Eilishですが、その中でもFinneasへの感謝と信頼やアーティストとしてやっていくという覚悟、楽曲やファンに対する愛情が垣間見えるこの楽曲がとても大好きです。

 

 最後に「everything i wanted」を制作する様子が収められた「Beats by Dre」のキャンペーンCMが公開されています。この曲で描かれているものを理解した上で見ると、一層グッときますね。

 

 

everything i wanted