音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

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The 1975「The Birthday Party」歌詞和訳・解釈

 2/20にThe 1975の新曲「The Birthday Party」がリリースされました。4月にリリース予定のアルバム「Notes On A Conditional Form」から5曲目となるシングルは、これまた一転して穏やかな曲調ですが、一方で歌詞やMVはとてもつかみどころのない奇妙な内容になっています。

 

 リリース直前には「Mindshower」と題したサイトが立ち上げ、YouTube上に動画があげられたり各SNS上にアカウントが用意されるなど手の込んだ事前告知がなされ、以下のような内容が発信されています。こちらの内容も踏まえて歌詞を読み解いていきます。

 

 

Begin your own journey and find yourself in our stunning retreat.

(あなただけの旅を始めて、我々の素晴らしい収容所で本当のあなたを見つけましょう)

Mindshower digital detox puts you back in control.

(“マインドシャワー”のデジタルデトックスによってあなた自身の主導権を取り戻しましょう)

Reconnect.Recharge.Rejuvenate.

(再接続、再充電、若返り)

 

 

 和訳だけ読みたい方も多いかと思うので、の部分について註釈は下段にまとめています。気になる方はそちらもご一読いただけると、より楽しめると思います。

 

 

 

Hello, there's a place that I've been going

やあ、僕の行っていた場所はここさ(※1)

There's a place that I've been going

僕の行っていた場所はここ

 

Now I'm clean, it would seem

まあ、今では僕もすっかり毒素が抜けきったよ

Let's go somewhere I'll be seen as sad as it seems

どこへでも好きなところへ行こう、僕のことが悲しく思えるかもね(※2)

 

 

I seen Greg and he was like

グレッグと会って、彼はこんなことを言ってたんだ

"I seen your friends at the birthday party, they were kinda fucked up before it  even started

They were gonna go to the Pinegrove show but they didn't know about all the weird stuff

So they just left it"

あんたの友達を誕生日パーティーで見かけたけど、彼ら始まる前から酷かったぜ。Pinegroveのライブに行くつもりだったみたいだけど、彼らがあんなに変な感じだなんて全く知らなかったみたいで、結局すぐ帰ったみたいなんだ。(※3)」

 

And I was wasted and cold, minding my business

で、僕はフラフラになって寒気も止まらなくなった。自業自得なんだけどさ

Then I seen the girls and they were all like

そうしていると僕は女性たちと会った、彼女たちはみんなこんなことを言ってた

"Do you wanna come and get fucked up?"

「一緒に来て私とめちゃくちゃになろうよ」

Listen, I've got myself a Mrs so there can't be any kissing

聞いて、僕には彼女もいるしキスすらできないよ

"No, don't be a fridge, you better wise up, kid

It's all Adderall now, it doesn't make you wanna 'do it' "

「えー、そんな冷たくしないでよ。もっとうまくやりなさい、子供ね。

まあとりあえずアデロール使いなよ。大丈夫「ヤリたい」なんて思うことはないから。(※4)」

 

'This ain't going well'

「これは上手くいかないだろうな」

I thought that I was stuck in hell

地獄にはまり込んだ気分だった

In a boring conversation with a girl called Mel

メルと呼ばれてた女の子と退屈な会話を繰り広げていたからね

About her friend in Cincinnati called 'Matty' as well

なんでも、シンシナティに住んでるという彼女の友人の話。たしかマッティって呼んでた(※5)

 

You pulled away when I went in for the kiss?

キスしようとしたら、君は身をたじろいでたよね

No, it wasn't a diss

いいや、別に気分を害したわけじゃなかったんだけど

 

You put the tap on to cover up the sound of your piss

君が小便の音を鳴らさないようにしてたのは、部屋に盗聴器を仕掛けてたからだったんだね

After 4 years, don't you think I'm over all this?

4年経ったけど、僕がもうこの経験を完全に克服しただなんて思うかい?(※6

 

'That's rich from a man who can't shit in a hotel room

He's gotta share for a bit'

「男なのにホテルの部屋で大便ができないなんておもしろいこと言うのね。

ちょっと分けてあげるくらいの心持ちでいた方が良いのよ」

 

You make a little hobby out of going to the lobby

そう言って君はささやかな楽しみのために、ロビーに出て行った

To get things that they don't have

普通じゃ手に入らないようなものを求めて(※7)

 

Oh does it go though ya?

When I'm talking to ya?

なあ、僕が話してることよく伝わってる?

You know that I could sue ya if we're married

もし僕らが結婚したらいつでも君を訴えられるだろうって分かるだろ

And you fuck up again?

そうなったらまた君は別の男に同じようなことするのかい?(※8)

 

Impress myself with stealth and bad health

こそこそとしてるところとか、不健康なところとか

And my wealth and progressive causes

自分の裕福さとか、育った環境とか、我ながら惚れ惚れするよ(※9

 

 

Drink your kombucha, and buy an Ed Ruscha

紅茶キノコを飲んで、エド・ルシェの作品を買うべきだよ(※10)

Surely it's a print cos I'm not made of it

それは映し出された文字列だ。僕はそれでできてるわけじゃないんだ

Look the fucking state of it!

見なよ!ひどい状態だ

I came pretty late to it

僕はとても遅れてやって来た

We can still be mates cos it's only a picture

僕らはまだ友達でいられるよ、だってそれはただの画面だもん(※11)

 

 

All your friends in one place

君の友達はみんな同じとこにいる

Oh we're a scene, whatever that means

ああ僕らはまるで映画のワンシーンにいるみたいだ、何を意味するかはさておき(※12)

 

I depend on my friends to stay clean

毒素が抜け切ったままでいれるかどうかは、僕の友達にかかってるんだ

As sad as it seems…

悲しく思われるかもしれないね…(※13)

 

 

 

 

解釈・註釈

※1

 語りかけてくるのは、聞き手よりも先に「Mindshower」でセラピーを受けていた人物。

 

 MVにも出てくる「Mindshower」は、自身のアバターをデジタル空間に送ることで、デジタルデトックスを受けて毒素を抜く施設です。MVでスマホを預ける描写からも分かるように、SNSなどネット上の人間関係に日々苦しみ、自身のコントロールもままならないような状態からの回復を目指す=毒素を抜き、クリーンな状態に戻るのが目的。

 

 

Sincerity Is Scary」では

Why would you believe you could control how you're perceived

when at your best you're intermediately versed in your own feeling?

「どうして周りにどう思われるか制御できるって信じているの?全力尽くしたって自分自身の考えさえまともにわからないのにさ。」という一節がありますが、周りからの印象を意識しすぎるあまり自分の言動が縛られたような感覚に陥っている方は実際たくさんいるでしょう。

 

 薬物中毒と恋愛関係を重ねた「It's Not Living (If It's Not With You)」や、リハビリ施設での時間やそこで出会った人物を描いた「Surrounded by Heads and Bodies」など、アルバム「A Brief Inquiry Into Online Relationship」にはボーカルのMatty自身の経験をもとにした楽曲が多くありましたが、当曲においてもこの架空の施設「Mindshower」は、Mattyがかつて自身の薬物中毒を克服するべく通ったリハビリ施設から着想を得ているように思えます。

 

※2

 MVでも分かるように、「Mindshower」では自然溢れるフィールドでセラピーを受けることになります。初めてここを訪れた相手に、話し手である彼はさあどこへ行っても良いですよと促しています。しかしその結果、彼のことを悲しく思うかもしれないと示唆します。それはどうしてなのでしょうか。

 

 さて、ここから聞き手であった「僕」がこれまであった出来事について話し始めます。

 

※3

 Pinegroveアメリカ・ニュージャージー州出身のロックバンドです。2010年に結成され、先月には最新アルバム「Marigold」をリリースしています。

 

 歌詞の「about all the weird stuff」の一節から、海外ではここの一連の歌詞の解釈を巡って一部議論が巻き起こっているようです。

  文脈通りに捉えるならば、彼らはPinegroveのライブに行ったけれど事前に想像していたようなものではなく、仕方なく帰って来て誕生パーティーの会場に着いた頃にはひどい有り様になっていたと読み解けます。

 

 しかし一方で、この一節をPinegroveに実際起きた出来事について述べているのではないかと指摘する方もいます。その出来事についてはこちらのサイトが詳細に説明してくださっているのでご参照ください。

monchicon.jugem.jp

 

 

 私個人は、この曲においてPinegroveを非難するような意図は無いように思います。それは、この楽曲がどこかPinegroveの音楽から影響を受けているように思えるからです。Pinegroveの音楽はエモ・カントリーと表されるような、感情が揺さぶられるような要素と優しく穏やかな要素が合わさったものです。フォークやカントリーに影響を受けたエモーショナルなロックサウンドを持ち味とする彼らの音楽は、同じく優しげなこの「The Birthday Party」にも少なからず何らかのインスピレーションを与えているのではないでしょうか。

 

 また,「I seen your friends at the birthday party They were kinda fucked up before it even started」という一節は、Pinegroveの最も有名な曲のひとつ「Old Friends」の歌詞

I saw your boyfriend at the Port Authority

That's a sort of fucked up place

のオマージュではないか、と一部のファンが指摘しています。奇しくもこの「Old Friends」という楽曲は、バンドのフロントマンであるEvanが近しい友人を亡くした際に古くからの友人の存在の尊さを感じたことから作られたものです。この内容が、「The Birthday Party」の最後の一節に結び付くのだとしたら、やはりここには敬意と愛のあるオマージュが込められているのではないでしょうか。

  

※4

 アデロールとはアメリカを中心にADHDなどの治療薬として販売される配合剤であり、間接型アドレナリン受容体刺激薬アンフェタミンの商品名です。しかしその効用を超えてスマートドラッグとして学生を中心に服用されており、その副作用から問題視されているようです。

wired.jp

 その効力としては集中力の増加など心理的効果や中枢興奮作用など生理学的効果がある一方、依存性・中毒性もあるようです。

ja.wikipedia.org

 

 

 「僕」はアデロールの効用をどこかで聞き齧ったのかもしれません、ただ実際に使ったことがないので信用してないんですね。この薬を服用したら、前後不覚になって恋人を裏切ることになるんじゃないかと訝っている彼に、この女性は「大丈夫だって、気分がハイになるだけよ!」と誤魔化して服用させることで、一緒にホテルの部屋まで来てもらおうと企んでいます。前述したアデロールによる中枢興奮作用により性欲・性感の増加が生じ、いわば媚薬としての効力を期待しているんですね。とても慣れた手口のようです。

 

※5

 シンシナティは、アメリカ・オハイオ州にある都市です。日本では岐阜市姉妹都市協定を結んでいます・

www.gousa.jp

 

※6

 女性はトイレに行ってもなるべく音を立てないようにしていたことに「僕」はうすうす気づいていたのでしょうが、初めは恥ずかしさからの行動だろうと思っていたのかもしれません。真相は、彼女は盗聴器をトイレに仕掛けていたので自分の発する音は録音されないようにいたということだったのです。

 

 「僕」はこの4年前の出来事を克服できていないと示唆していますが、これは盗聴されていたという事実だけがトラウマになっているということでしょうか。※9以降で触れていますが、「僕」はこそこそと過ごさなくてはならない自分に嫌気がさしていて、SNSなどネット上の言葉に縛られるなと指摘されています。

 完全に想像ですが、盗聴された内容はネット上にアップされて広まってしまったのではないでしょうか。一度ネットに広まってしまったものは、一生完全に消し去ることはできません。だからこそ、4年経とうがこの出来事を克服することなんて不可能ですし、「僕」はずっとネット上の言葉に怯えて過ごすことを強いられているのではないかと思います。そうして精神はどんどん疲弊していったのでしょう。

 

 

 脱線しますが、イギリスでは2016年に政府のデジタル通信規制法案に反対するべくユニークな企画が行われ話題になりました。トイレは人々にとって一番プライベートな空間だ、ということに着目したプライバシー保護の主張はとても面白いですね。

adgang.jp

 

 

※7

 なんとなくホテルの部屋に自分以外の人物、それも異性がいるときに堂々と今から大便しますよって気分にはなりませんよね。だからこの女性は、それとなく部屋を出てロビーに向かったんですね。全ては普通なら手に入らないような音源を手にいれるために…。

 

 余談ですが、トイレの音消しは日本特有だそうです。

hbol.jp

 

※8

 もちろん本人の同意なく盗聴することはアウトなので、結婚して家族になったとしても盗聴を続けているならいつでも相手のことを訴えることは可能でしょう。でもいくら彼女を糾弾しても、どうせまた別の男を誘って同じようなことをするんだろうな、と考えると徒労に思えて、結局「僕」は彼女を訴えることはしなかったのでしょう。訴えたところで盗聴された事実は消えません。

 

※9

 散々な出来事の果てに精神が疲弊した様子が、皮肉めいたこの一節から感じられるように思えます。

 

※10

 これまでの出来事について独白を続けてきた「僕」に対して、冒頭の話し手はここで再び声を掛けます。

 

 「Kombucha」とは昆布茶じゃなく、お茶を発酵させてつくる「紅茶キノコ」をことだそうで、海外では健康に良い人気の飲み物のひとつだそうです。「不健康」な「僕」に対し、健康を取り戻せ、というわけですね。

ellecafe.jp

 

 エド・ルシェアメリカの画家であり、現代芸術の偉大なアーティストの一人です。彼の作品は言語にフォーカスを当てたものも多く、つまりはここから言葉というものに比重をおいたメッセージが続くことを暗示してるように思えます。こちらは「僕」の「こそこそとしてるところ」に対するアプローチですね。

www.diptyqueparis-memento.com

matome.naver.jp

 

※11

 話し手はここでは、聞き手である「僕」が言葉というものに振り回されすぎだと指摘しているのではないでしょうか。人間は「print」=言葉や文章が書き写されたもので構成されているわけではない。つまりは現代に置き換えるなら、SNSやネット上の言葉に自身を縛られるべきじゃないと。縛られた自身の状況を見てみれば、ひどい状態だとわかるはずだと訴えかけているように思います。

 

 話し手自身もだいぶ遅れて、つまり精神的にひどい状況になってから「Mindshower」を訪れたと述べています。「picture」とは映像や画面を指すこともありますが、しきりにスマホの画面を見る=SNS上の人間関係を気にする「僕」に対して、「それは僕らが友人同士であることに対して、何の問題にもならないよ」と優しく声をかけているのではないかと私は解釈しました。

 

※12

 あなたの友達もたくさん1か所に集まっている、つまり「Mindshower」の施設で待っているということでしょうか。MVを見ても分かるように、施設に入ればまるで映画のようなファンタジーに身を置くことになります。もちろん自身のアバターを送るわけであり、仮想世界に過ぎないのですが。

 

※13

 デジタル・デトックスがうまくいってクリーンな状態になっても、結局その状態を保つにはこの「Mindshower」で出会った友達(MVに登場する珍妙なキャラクターたち)の存在が不可欠だというのです。また現実世界に戻っても、やはり友達との付き合いがクリーンに戻った精神の状態を再び左右することは確かでしょう。

 ある意味じゃここにも「Mindshower」に対する新たな中毒あるいは依存があると言えます。だからこそ彼の姿は人によっては同情的に見えるかもしれません。

  前述の通りモチーフとなっている薬物中毒の克服も、中毒者本人の周囲の人々の協力が極めて重要だといわれます。

 

おまけ

 今回のMVにはインターネット上のミームをもとにしたキャラクターたちが多数登場します。ミームとは生物学的な遺伝子ではなく文化や習慣などを次世代へと伝える情報を指します。

app-flamingo.com

 ミームについては、Metal Gear Solidシリーズなどを手掛けゲームクリエイターとしても有名な小島秀夫監督がミームに触れているエッセイがあり、読み物としてもおすすめです。

www.bookbang.jp

 

 MVの内容についてはMatty本人のインタビュー記事がとても参考になると思いますので是非。

www.dazeddigital.com

 

 

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