音楽紀行(ライブレポ、アルバムレビュー)

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The 1975「Jesus Christ 2005 God Bless America」歌詞和訳・解釈

 4/3にThe 1975の新曲「Jesus Christ 2005 God Bless America

がリリースされました。同時にアルバム「Notes On A Coditional Form」のリリースが5月22日に決まり、トラックリストも公開されています。当曲はアルバムの9曲目に収録される予定です。

 

 これまでも様々な形で愛について描いてきましたが、今回の楽曲は愛情と宗教の関係について述べられた、さらに1歩踏み込んだ内容となっています。また客演としてPhoebe Bridgersが参加しています。彼女が共にボーカルを務めている意義なんかも想像しながら歌詞を読み解くとまた発見があるように思います。

 

 和訳だけ読みたい方も多いかと思うので、の部分について註釈は下段にまとめています。歌詞の内容が気になる方はそちらもご一読いただくと、より楽しめると思います。

 

 

I'm in love with Jesus Christ

He's so nice

イエス・キリストよ、私はあなたを愛します(※1)

とても素晴らしき御方

 

I'm in love, I'll say it twice

I'm in love

私は愛する、何度もそう繰り返す

私は愛するのだと

 

I'm in love but I'm feeling low

For I am just a footprint in the snow

私は恋する人間だ、だけど私の心は落ち込むばかり

降り積もった雪に残される足跡のような存在でしかないのだから(※2)

I'm in love with a boy

I know

But That's a feeling I can never show

私は男の子に恋をしている

自覚していても、この感情を人には見せられない(※3)

 

Fortunately I believe, lucky me

幸い僕は信心深い、きっと良いことがあるだろう(※4)

Searching for planes In the sea, that's irony

僕はずっと海を漂いながら飛行機を探してる

ああ、皮肉なものだ(※5)

Soil just needs water to be and a seed

So if we turn into a tree, can I be the leaves?

大地はただ水と種子を求める

ならばもし僕らが樹木になってしまったなら、

僕はその枝に茂る葉でいられるだろうか(※6)

 

I'm in love with the girl next door

私は普通の女の子が好きだ(※7)

Her name is Claire

彼女の名はClaire

Nice when she comes round to call 

彼女がうちに来てくれていい気分

Then masturbate the second she's not there

だから彼女が帰ったらすぐマスターベーションするんだ

 

Fortunately I believe, lucky me

幸い私は信心深い、きっと良いことあるよね

Searching for planes In the sea, that's irony

私はさ、海に漂いながら飛行機を探してるの

ああ、皮肉だな

Soil just needs water to be and a seed

So if we turn into a tree, can I be the leaves?

大地はただ水と種子を求める

それならばもし私たちが樹木になってしまったなら、

私はその枝に茂る葉でいられるのかな

 

 

解釈・註釈

 

※1

 イエスキリストを愛します、というのはまさしくキリスト教の信仰を意味します。

「I'm in love with Jesus Christ」に似たような表現は教会の礼拝で歌われる讃美歌でも目にするもので、シカゴの著名なクワイア(ゴスペル聖歌隊)であるNew Directionが2004年にリリースしたアルバム「Rain」にも「I'm In Love With Jesus」という楽曲が収録されています。

(New Directionは1994年に若者を中心に結成されたクワイアで、グラミー賞にもノミネートされるなど活躍するクワイアです。)

www.newhavenrecords.com

 

※2

 自分の存在が雪の足跡のようだ、というのはどういうことでしょうか。私は2つの意味合いが込められているように思えます。

1つは自分の存在が真っ白で美しい雪を汚すものだということ。

もう1つは雪に残った足跡はその後も雪が降り続けるうちに消えてしまうように、自分の存在もこの大きな世界においては塗りつぶされてしまうのではないかということ。

 

 ここでの「僕」は誰かに恋をしているのに、日々気分が落ち込んでいくばかり。それは恋の駆け引きがうまくいかないだとか、そういう次元の話ではないことがここから述べられていきます。その内容を踏まえてようやく雪の足跡の比喩が指すものが分かるはずです。

 

※3

 「僕」は男の子のことが好きである、つまり同性愛あるいは両性愛なのだと明かされます。

 1月にリリースした楽曲「Me & You Together Song」ではクィアの主人公が登場しましたが、この楽曲での「僕」はまた別の悩みを抱えています。ここで問題になっているのは自身の信仰との関わり。

キリスト教においては、聖書の解釈の違いから同性愛について断罪から受容まで様々な考えがあるようです。

キリスト教と同性愛 - Wikipedia

 

「僕」は先述の通り信仰心の厚い人物ですが、キリスト教徒の間では同性愛を禁じるべきだという考えの人々も多い。従って自身の感情を人には伝えられないのです。

ここで先ほどの※2での雪の足跡の例えを振り返ると、この表現は清廉な教えであるキリスト教の中で、自分はその綺麗さを汚す異端なのではないかということを言っているように思えます。

 

 

 現実のアメリカに目を向けます。

2009年には、アメリカで聖書を厳格に解釈する聖職者たちを中心に「マンハッタン宣言」が発表され、同性婚に反対することが宣言されています。

www.christiantoday.co.jp

 

2015年にインディアナ州で成立した「宗教の自由回復法」が物議を呼び、宗教を理由にしたLGBTへの法的差別を許容するのではないかと指摘された。

www.huffingtonpost.jp

 

今年に入ってもキリスト教界が意見の不一致から揺れ動いている現状が報じられています。

the-liberty.com

 

 

※4

 信仰者には主の御加護がある、だからきっと自分にも救いがあることでしょう。

こうした信心も先で述べたような自身のアイデンティティと宗教の教えの乖離の前では無意味かもしれない、ということをここでは皮肉めいて述べているのではないでしょうか。

 

※5

 「僕」は海で飛行機を探し続けている、けれでそれは一生見つかりっこないでしょう。なぜなら海を行くのは船であり、飛行機は空を行くのだから。もしくは墜落した飛行機の残骸なら見つけることができるでしょうか。どちらにしても、自身の感情と信仰との間で答えは見つからないことを表しているように思います。

 

※6

 ここに出てくる「大地」「水」「種子」「樹木」というのは、キリスト教における聖書においても度々出てくるモチーフでもあります。

 大地と言えば地母神。「水」は生命の源や浄化を表したり、「ヨハネによる福音書4章」では「渇かない水」についての説話が登場します。「種子」について想起されるのは「マタイによる福音書13章」の「種を蒔く人」についての説話で、ミレーやゴッホによる絵画が有名でしょうか。「樹木」は「詩篇1篇」において流れのほとりに真っすぐ立つ樹木が信仰者の例えとして用いられます。

 

 歌詞を書くにあたって意識されているのかは定かではありませんが、宗教に明るい人々にとってはどう感じられるのでしょうか。

 

 ちなみに前作「A Brief Inquiry Into Online Relationships」に収録された「Man Who Married A Robot」では

"Man does not live by bread alone"

「人はパンのみにて生くるにあらず」という言葉を「マタイによる福音書4章」から引用しています。

 

 

 さて宗教での表現を頭の隅に置きつつ、ここでの比喩表現を検討します。

「大地」→「水・種子」→「樹木」→「葉」という並びを、自分は

「世界・人類」→「生命・子孫」→「社会・世俗」→「人(構成員)」と捉えました。

 

大地が水や種子を求めるのは、それらが生命の源だから。言い換えると世界・人類が繁栄、永続していくのに不可欠なのは生命であり子孫でしょう。

水を得た種子は大地で育ち、やがて樹木へ変わるでしょう。同じように、生まれてきた人々は様々な学びを得て大人となり、人々は社会を構築していくと思います。

そして樹木はまさしく枝に茂る葉が集まってその姿を現しています。そう考えるならば、ここでは社会を構成する1人1人を指し示しているのでしょうか。

 

 ここでは何が述べられているか。「僕」は「葉」でいられるのかという言葉をここまで検討した比喩の解釈をもとに考えるなら、同性愛・両性愛である自分たちの存在は社会に許容されないのか?という問いなのではないでしょうか。

生命の仕組みゆえに、子孫を生み出し後世に残せるのは男女の交わりであるという事実があります。それならば、世界・人類の礎である生命を生み出す異性愛者以外の存在は社会の一員として許容されないのか、という悲痛なメッセージだと私は捉えます。

 

先ほどの※2での雪の足跡の例えに戻ります。私が捉えた2つ目の意味合いは、「雪に残った足跡はその後も雪が降り続けるうちに消えてしまうように、自分の存在もこの大きな世界においては塗りつぶされてしまうのではないかということ。」というものでした。つまり異性愛者以外が排除されて真っ白な状態(多様性の喪失)にされることへの不安・苦悩を表しているのではないかと私は感じたのです。

 

 

※7

 ここからメインボーカルはPhoebe Bridgersに入れ替わります。

Phoebe Bridgersはロサンゼルス出身のアーティスト。若いうちから活躍し2017年にリリースしたデビューアルバム「Stranger In The Alps」は世界中で話題を呼びました。2019年には来日公演も行っています。

 

 

彼女は自身がバイセクシャルであることを公言しています。

(こちらは英文記事ですが、彼女が自身について語っています。)

Phoebe Bridgers Embraces Her Inner Sext Machine | BeatRoute Magazine

 

 ここから続く歌詞は「僕」から視点が切り替わり、Claireに恋をする「私」が描かれています。アメリカに住むPhoebe Bridgersと「私」は、歌声を通じてパーソナルな部分でリンクしているように私は感じます。

 

 ちなみに「the girl next door」とは、「お隣に住む女の子」ではなく「どこにでもいるような素朴な女の子」という意味の表現のようです。ここでの「私」は、劇的な何かが起こったり、特別なことをしてその女性を愛したわけじゃなく、自然と好きになったということを言っているのではないでしょうか。恋が誰にとってもそうであるように。

 

 

 

  最後にタイトルについて。アメリカ合衆国は建国からキリスト教との結びつきが強く、国民の多数がキリスト教徒だそうです。特にプロテスタントの比率が多く、また様々な教派が存在する中で、その様々な思想とのかかわりから国内の様々な州で同性婚や人工中絶について議論が多いです。

アメリカ合衆国の現代キリスト教 - Wikipedia

その現状を指して、「God Bless America(アメリカに神の祝福を)」というタイトルをつけたのはかなり踏み込んだ表現であるように思えます。

 

ちなみにこの「アメリカに神の祝福を」という言葉は、政治家のスピーチにもよく締めの言葉として用いられるそうです。

tsukaueigo.com

 

 

同性愛・両性愛と宗教との結びつきという楽曲のテーマは宗教に疎い自分にとっては馴染みづらいものに思えますが、より大きく「多様性」を大事にしようというメッセージにも捉えられます。こういうときに私はアーティストであるKamasi Washingtonの言った「多様性は祝福されるべき」という言葉を思い出しますね。

 いよいよアルバムの全容が見えつつありますが、今回の楽曲からもとても期待値が上がりますね。「仮定形に関する注釈」というお決まりの和訳がついたアルバムタイトルからも、「様々な立場にいる人々の悩み・問題」を描く内容なのではないか、と勝手に想像してます。

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