音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

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"幻想の上に浮かび上がるリアリティ" Skullcrusher

"I saw it written and I saw it say Pink moon is on its way…"

 

アコースティックギターの音色とNick Drakeの歌声が聴こえる。"Pink Moon"を聴きながら、彼女は人生の岐路に立たされていた。ー

 

 

Skullcrusherは米LAを拠点に活用するアーティストHelen Ballentineによる音楽プロジェクトである。2020年に1st EP'Skullcrusher'をリリース。今年4月には2nd EP'Storm in Summer'がリリースされたばかりである。

 

今回の主人公Helen BallentineはいかにしてSkullcrusherという「プロジェクト」を通じて音楽を世に伝えるに至ったのか。彼女の音楽の魅力と共に紹介したい。

 

 

 

音楽こそが自己表現の手段

米NYの街Mount Vernonで育ったHelen Ballentineは幼少より芸術が身近にある環境の中で育った。

地域のシアターで女優としてステージに立っていた母、バンドのミュージシャン経験のある父。両親から多大な影響をもらった彼女が手にしたのは”音楽”だった。5歳からピアノを始め、気づけば頭に浮かんだメロディをもとに作曲をしてみたり。初めて作った曲は"Wild Kitty"というタイトルだったとか。

 

初めてハマったのはThe Beatlesだった。彼らの楽曲をたくさん練習した。

高校生の頃はとにかくRadioheadを聴いて過ごした。Coldplay"Viva la Vida"に胸をときめかせたティーンエイジャーでもあった。

そしてこの頃にはギターを手に取り、カフェでカバー曲を演奏し始める。

 

Helenはアートにも関心を持ち、LAの大学に進学した後はスタジオアート(制作)を専攻、そのままギャラリーの助手の仕事に就く。

しかし朝出勤し夕方帰る仕事中心の生活がHellenには合わなかった。

かつてミュージシャンをしていた父が、銀行員として働くことを選び悔いを残していたことを思い浮かべる。

 

一大決心の末仕事を辞め、Helenは新たな道を選んだ。自信があるわけでもなく、不安に苛まれる彼女の傍らで流れていた音楽、それは"Pink Moon"だった。

Nick Drakeは1960年代末から70年代初頭にかけて活動したミュージシャン。生前は商業的成功に恵まれず、病気にも悩まされながらも、音楽を生み出そうともがき続けた彼が最後に出したアルバムこそが'Pink Moon'だ。

収録されていた表題曲("Pink Moon")を聴きながらHelenは、ここにある音楽とNick Drakeが抱えていたであろう感情はまさに同一で、彼自身をリアルに感じられる、そう感じたのだった。

 

そうして彼女はミュージシャンとして生きていくことを選んだ。なぜなら音楽こそが自身にとっても最大の自己表現だと理解していたから。

 

繋がりに導かれた'プロジェクト'

ところでこの'Skullcrusher'というインパクトのあるアーティスト名、彼女の音楽性を少しでも知っていれば違和感を持つかもしれない。フォーク寄りで穏やかな音楽と「スカル」はなかなか結び付かない。

なんとこのアーティスト名は元々、自身が取り組んでいたDJ活動のために用意したもの。大学生の頃、Hellenは親友であるAnnaにエレクトロ音楽を紹介され、DJによるショーにも2人でよく通ったのだが、あるときお揃いで履いていった「髑髏の装飾が施されたブーツ」 これがアーティスト名の由来となっている。Annaとの出会いは、(彼女の現在の作風とは遠く感じるような)EDMなど多様な音楽に興味を持つ大きなきっかけとなった。

 

 

音楽制作において二人三脚で取り組む、自身のパートナーでもあるNoah Weinmanの存在は、Skullcrusherというプロジェクトにおいても欠かすことのできないものだ。Noahは同じくロサンゼルスを拠点に'runnner'という音楽プロジェクトを通じ活動するアーティストで、SkullcrusherのEP2枚ともにプロデューサーとして参加している。

LAにて数年前に出会って以来、ミュージシャンの道を進む者同士一緒に楽曲を作るプロセスを楽しんでいる2人。

初めてのEP'Skullcrusher'はNoahのガレージで制作することになる。2019年6月のある日、楽曲タイトルも無いまま初めて録ったのが、後の"Places / Plans"だった。

同じく収録曲である"Trace"ではNoahがボーカルやバンジョーで演奏にも参加したほか、"Day of Show"は2人の関係性について歌った楽曲だった。

runnner.band

 

 

アーティストとしての活動には、楽曲制作や演奏だけでなく多岐にわたる。特にアーティスト本人に芸術の美学があれば尚更だ。

HelenはSkullcrusherとしての活動において、自身のアーティスト写真やアートワーク、楽曲のMVなど多くの部分で自ら制作に携わっている。そのパートナーとして大きな役割を果たしているのは、Silken Weinbergだ。ロサンゼルスでディレクター、写真家として活動する彼女はプロジェクトに関わるビジュアル面や美学の部分に携わり、EP'Skullcrusher'のアートワークやアーティスト写真の撮影、スタイリング、グッズデザインなど多くをおこなっている。

silkenweinberg.com

SkullcrusherのMVの多くでディレクターを務めており(冒頭で紹介したライブ映像も共同ディレクター)、中でも同じくHelenの友人であるJeremyと共にディレクターを務めた"Trace"のMVは不思議な世界観がとても印象的。 

 

 

 

そう、LAでの生活そして出会いは、アートの仕事を辞めミュージシャンの道を選んだ今でも、決して無駄ではなかったのだ。

'Skullcrusher'とはHelenにとって家族のような存在と繋がっている場所。人との出会いや繋がりがこのプロジェクトの大きな一部分を形作っている。

 

 

幻想の中に自己を映し出す音楽

ファンタジー作品が好きだというHelenの書く歌詞は生活の一部分を描くものが多い。それは物語のワンシーンかのようで、ときに幻想的にも映る。

そうして小さな文脈に多くの思いを詰め込む、というのが彼女のスタイル。

 

"Places / Plans"は、ステージに立ち演奏する友人を見ながら、自身はそうなれるか見通しの立たない未来を想う楽曲だ。

実際にHelenが自身のパートナーの所属するバンドのライブを見た際の経験をもとにイメージが湧いたとのこと。同じ時期に両親へ自身の抱える不安を打ち明けた経験も交え、楽曲では自身の不安が次々に言葉となって歌われる。

Do you think that I'm going places?

Does it matter if I'm a really good friends?

That I'm there when you call and when your shows end?

Can I make it out there as I am?

Without my name on a door or a headline band?

I don't have any plans for tomorrow

彼女にとってこの曲が初めて、言葉を選ばずとも自然に浮かんでくる、まさしく本当の自分を表現できた作品となった。

「音楽こそが自身にとって最大の自己表現だ」という理解はいつしか確信に変わっていた。

 

 

 

別れを描いた楽曲"Trace"の一節

You' re looking at me now but your gaze is hollowed out

you don't ask me how my day went

あるいは自身が遭遇した雷雨のなかの嵐と感情の揺らぎを重ねた"Storm in Summer"の一節

I wonder how you think you know who I am

などを耳にすると、Helenの生み出す音楽のテーマは「理解」なのではないかと思う。

最大の自己表現としての音楽、それに対しリスナーが抱く感情。

穏やかで幻想的な音楽の上に浮かび上がる彼女自身のリアリティと、音楽を通じた他者からの理解が重なる部分にこそ、Skullcrusherというプロジェクトが生み出す魔法が宿るのではないだろうか。

 

Skullcrusher [Analog]

 

 (参考記事※英文)

Skullcrusher is on the rise | Interview | The Line of Best Fit

Duality, Horror, and Creative Solitude: An Interview with Skullcrusher - Atwood Magazine

It’s All in the Mind: An interview with Skullcrusher — Teeth Magazine

Skullcrusher is a Family Affair | Office Magazine

Skullcrusher: finding clarity of expression within fantasy soundscapes | HERO magazine: A fresh perspective

INTERVIEW: Helen Ballentine is Skullcrusher - Culture Collide

Skullcrusher: LA's rising alt-folk star seeks shelter from the storm

Skullcrusher's Helen Ballantine On 'Storm In Summer,' and Figuring It All Out