音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

ライブに行ったレポートやアルバムの感想・レビュー。好きな音楽を見つけるツールにも

アルバムジャケ博覧会2019

 年に一度の祭典「アルバムジャケ博覧会」がやって参りました!

 

 過去にやった企画、そして昨年より自分で始めたジャケ買いならぬ「新譜ジャケ聴き」をもとに、アルバムのアートワークをきっかけに聴き激ハマりした選りすぐりの10枚を紹介します!対象作品は2019年にリリースされたフルアルバムのみ、そしてアーティスト等の前情報は一切持たずにジャケ写のみを判断材料にして知った作品とします。

 

 それでは早速紹介していきます!是非ともこのこじんまりとした博覧会をお楽しみくださいませ。

 

 

「Brightness」/Brightness

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今年出たロックの中で最も好きな作品のひとつ。かっこよくて美しい、ジャケ通りだ。

 

「Cease & Desist」/Blarf

 

狂気漂うジャケから今年一イカれたトラックが飛び出すスペクタクル。

 

「Parts of Anything」/Forgetter

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理路整然と完成された世界観のなかで、その才気を自由自在に爆発させる艶かしさ。

ここでしか聴けない音楽。

 

「Fragments」/Drinker

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無機質なジャケットに、無機質なエレクトロ。でも感情が動かされるのが芸術の素敵なところではないか。

 

「andromeda」/LoneMoon

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あらゆるジャンルが渾然一体となった果てに見える、2019年最後のヒップホップの傑作。

 

「YOUR PSYCHE'S RAINBOW PANORAMA」/Tony Njoku

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サイケの海に抱かれながら、エレクトロの暴力に溺れる。とんでもねえ…。

 

「Feeling's Not A Tempo」/Gemma

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心踊るポップ、でもただ空虚に踊るは退屈であり、豊潤さ故にこの作品が愛しい。

 

「She Won't Make Sense」/The Harmaleighs

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女性二人が横たわってるジャケットを導火線に、儚くて仄かに暖かいものが心に届く。

 

「Goodnight Paradise」/Graveyard Club

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部屋の電気を消し漏れ入る街灯の明かりと共に眠るなら、この作品と一緒にいたい。

「Turkey Dinner」/Pinky Pinky

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さあパーティーだ、ターキー持ってこい!私たちはひとしきり騒ぐぞ!そんな音楽。

 

 

 

 お楽しみいただけましたでしょうか?博覧会に訪れてくださった方にとって音楽との素敵な出会いがありますように。

 

 気が向いたらまたやります、いろんな方々ともまたやれると嬉しいな。

 

 

 

【第2回】新譜オススメ(Roniit)

「XIXI」/ Roniit

 Roniitは「カリフォルニアの森の中」出身で、現在はバリを活動拠点としているという女性アーティスト。彼女の音楽はとにかくお伽話の世界の中にいるかのように錯覚する深みある神秘性と透き通る歌声が特徴です。Roniit自身も今作を聴く際にはその音楽に浸ってもらうべく「部屋を真っ暗にして聴くといいよ」とおすすめしています。「XIXI」とは、彼女曰く「人生における運命めいたもの」のシンボルであり、彼女自身の生まれた月日の合計、年と日付の合計が偶然それぞれ11だったことから気に入り昔から至る所に書いていたというユニークなエピソードもあるようです。

 

 今作からのシングル曲「Fade To Blue」はイチオシの曲で、彼女の音楽にしか生み出し得ない特異な世界観に一発で心を鷲掴みされます。彼女自身の幻だったかのような恋と揺れ動く感情をもとにしたこの曲は、思慕していた相手と訪れたヨシュアツリーにて夜明けと共に相手が消え失せた体験から、夜空が日の出と共に青くなる様をタイトルにつけたとのこと。MVのRoniit自身がビジュアル面も担当して幻想的な映像作品に仕上がっています。

 

 アルバム通じての世界観がとにかく聴き手をのめり込ませる圧巻のアルバムだと思います、ぜひ。

XIXI

 

The 1975「Me & You Together Song」歌詞和訳・解釈

 1/17にThe 1975の新曲「Me & You Together Song」がリリースされました。4月にリリース予定の新作「Notes On A Conditional Form」からここまで異なる曲調の楽曲が立て続けに公開されていましたが、今回の楽曲はバンドの初期に立ち返ったようなポップで爽やかな曲調が特徴。歌詞においては恋心について描かれた内容に注目です。

 

 和訳だけ読みたい方も多いかと思うので、の部分について註釈は下段にまとめています。気になる方はそちらもご一読いただけるとより楽しめると思います。

 

 

I can't remember when we met because she didn't have a top on

I improvised a little bit she said my references were 'spot on'

初めて出会った時のことをうまく思い出せないんだ。だって彼女はあの頃トップスを身に着けていなかったくらいなのだから(※1)

ほんの些細なことを即興で歌ったら、彼女はいいねと言った

 

"Can I take you for a drink?"

She said "oh god I'll have to think - because we're mates…it doesn't feel right?!"

And I said "It's cool" and "I was messin"

But it's true

Yeah it's you, you're the one who makes me feel right

「よかったら一緒に飲まない?」

彼女は言った。「うーんどうしよう、だって私たち友達でしょう…なにか違う気がしない?!」(※2)

だから言った。「うんそうだね。」「からかっただけさ。」 

でもね、本当は心からの誘いだったんだ(※3)

ああ君が、君だけがしっくりくるんだ

 

I've been in love with her for ages and I can't seem to get it right

I fell in love with her in stages, my whole life

長い間彼女に恋してる、けれど成就しそうにないな

彼女への恋心は段々募っていく、一生ずっとこうだ(※4)

 

I had a dream where we had kids. You would cook, I'd do the nappies

We went to winter wonderland and it was shit but we were happy

君との子供を授かる夢を見た。君は料理してて、僕がおむつを替えるんだ

みんなで冬のハイド・パークへと繰り出して、まあくだらない時間だったけど幸せだった(※5)

 

I'm sorry that I'm kinda queer it's not as weird as it appears

It's cos my body doesn't stop me

ごめんね、僕はクィアだから。見た目ほど変なつもりはないけどね。

でも分かっていても止められないんだ(※6)

 

Oh it's ok, lots of people think I'm gay 

But we're friends, so it's cool, why would it not be?

ああ大丈夫だよ、多くの人々は僕がゲイだと思ってる。でも僕らは友達だ。だから彼らの考えてることはまあ気にしないよ、 友達なのは間違いじゃないもんね(※7)

 

I've been in love with her for ages and I can't seem to get it right

I've been in love with her in stages, my whole life

長い間彼女に恋してる。けれど成就しそうにないな

彼女への恋心は段々募っていく、一生ずっとこうだ

 

There's been no way for me to say that I've felt a certain way in stages, oh I think our story needs more pages Cos I've been in love with her for ages

こうやって段々募っていく思いを伝える方法がないよ

長い間彼女に恋してるんだ、ああ君との物語を描くにはまだまだページ数が足りないよ(※8)

 

And ages

長い間… 

 

解釈・註釈

※1

 初めて出会ったのは思い出せないくらい前のこと。もしかしたら幼馴染の間柄なのでしょうか。幼少期だったからこそ服も着ずに気兼ねなく遊んでいた様子が思い浮かびます。

 

※2

 「oh god」は直訳すると「ああ神様…」ですが、とにかくいろんなニュアンスで使うみたいです。「彼女」は友達だと思っていた相手に誘われて、どうしようかなと戸惑いや困った感情からこう言ったのでしょう。

 

※3

 「彼女」にしっくりこないからと断られてもなお食い下がったら、きっと友達としての関係は終わってしまう。だからこそ、あー嘘嘘冗談だよ、本気にしないでよと本心を隠す。そうして相手と一緒にいることを選ぶのです。でもそれは同時に、いつまでも望む結果を得られないままであることも意味します。

 

※4

 自分自身も前述のことを悟っているんですね。長い間「彼女」のことを思っていても成就しない、思いを打ち上げずに一緒にいる間ずっとその思いは募っていくばかりだと。

 長い間という意味の「for ages」と、段々とという意味の「in stages」で韻を踏んでいるのも、甘酸っぱいですね…。

 

※5

 イギリスで「ウィンター・ワンダーランド」といえば、ロンドン中心部にあるハイド・パークで毎年冬に行われる巨大な移動遊園地のことを指すようです。空想の中できっと子供たちのために連れて行ってあげたのでしょうね。幸せな情景が目に浮かびます。

hydeparkwinterwonderland.com

www.londonnavi.com

 余談ですが「Winter Wonderland」というタイトルの童謡があります。その歌詞は恋人どうしの2人が結婚を夢見るものです。希望を抱いて雪の降る寒い中を歩き、作った雪だるまを牧師さんに見立てて「今度結婚式するときは宜しくお願いしますね」と言ってみたり、家に帰って暖炉で暖まりながら将来の計画を立てたりする。

 

 そんな内容は偶然なのか意図的なのか、1人で「彼女」との将来を想像する彼と対照的に映ります。

 

※6

 クィアとはLGBTQのQにあたり、セクシャルマイノリティの総称でもあります。

www.outjapan.co.jp

 この文脈においては、恋愛対象について性別を条件としない全性愛パンセクシャルを表していると思われます。

ellegirl.jp

(自身の知識が浅い部分も多く、またセクシャリティについては様々な言葉が表現が生まれています。間違いや誤解などございましたらご指摘ください。)

 

※7

 前述のとおり、彼は性別を問わず人に魅力を感じます。しかし異性愛者ではない彼に多くの人々は同性愛者であるというレッテルを貼っている。つまり彼と「彼女」との間に友情関係は芽生えても、恋愛関係が生じるなんてありえないと勝手に決めつけているんです。そのことを彼は皮肉めいて言っているのではないでしょうか。 確かに恋は成就せず友達のままだから、彼らの言ってることも間違いじゃない、と。

 

Loving Someone」では

Just keep holding their necks and keep selling them sex

It's better if we keep them perplexed

It's better if we make them want the opposite sex

「人々の首を絞め続けて、性を押し売りし続ける

彼らを困らせていればいいのか

彼らに異性愛を押し付ければいいのか」

という一節があり、異性愛者ではない人々が一方的に異性愛を押し付けられ苦しんでいることが描かれています。

 

 彼は異性愛者ではなく同性愛者でもありませんが、同じように他人から自身と異なるセクシャリティを押し付けられる苦しみを訴えているように思えます。

 

※8

 ずっとずっと「彼女」への思いを抱いていても、結局その思いを伝える術はないままそれでも一緒にいる。これは捉えようによっては生き地獄のようにも思えます。

It's Not Living (If It's Not With You)」では、こう歌われています。

And all I do is sit and think about you

If I knew what you'd do

Collapse my veins,wearing beautiful shoes

It's not living if it's not with you

そして僕のすることといえば、座り込んで君を思い浮かべることばかり。

君が何をするか分かっていたらなあ。

きれいな靴を履いた君は、僕をめちゃくちゃにする。

君なしでは生きていけないよ。

 素敵なあなたと過ごす日々は素晴らしくて、あなたなしでは生きていけないくらい。だけどその関係に破綻が生じているから、君との日々が自分をとことん苦しめる。ここでは一緒にいられることで生じる苦しさが、抜け出せない薬物中毒になぞらえてフォーカスされています。

 

 一方で今回の曲では、恋の成就は叶わないと分かっていても「ずっとあなたに恋してるのだから、共にいられる日々を描くには、まだまだページが必要だね」と歌われています。一緒にいられることの素敵さ、自分の抱く叶わない慕情への肯定あるいは祝福を歌っているような締め括りがとてもこの曲を表していて、とても好きな部分です。

 

 思えば「The Man Who Married A Robot / Love Theme」では、寂しくポツリと世界の片隅で他人との関係を持たず死んでいった男の物語が綴られますが、

He would tell himself 'Man does not live but bread alone'.

「彼は自身にこう言い聞かせた。『人はパンのみにて生きるにあらず。』」

 

 ロボットと結婚したという彼は精神的なよりどころが人間には必要だという意味の慣用句を引き合いに出しており、ここでも彼の日々や感情が彼自身によって肯定されているように思えます。だからこそ「愛のテーマ」なのでしょう。

 

 

 

 

 結成当時のバンド名はDrive Like I Doだったそうですが、The 1975のフロントマンMatty Healyによれば今回の曲は「Drive Like I Doの頃の曲みたいだ。」とのこと。一方で歌詞はこれまでの楽曲で描かれたものとリンクするものが多いと思います。

 様々な音楽性を自身のものとして拡張したような楽曲のリリースが続いたところで、バンドの原点に立ち返ったかのような爽やかでポップな楽曲に恋心を描いた歌詞が乗せられた今回のシングル。果たして来たるアルバムはどのような作品になるのでしょうか。

 

 

Notes On A Conditional Form

【第1回】新譜オススメ(guardin,LoneMoon)

今年は自分が聴いて好きになった作品を度々簡潔にオススメしていきたいと思います。

不定期連載企画として「新譜オススメ」というありきたりなタイトルでやっていきますので宜しくお願い致します。

 

毎回ここでしか読めないような内容・ラインナップをお届けできればと思います。参考にしていただけると泣いて喜びます。

 

今回はこちらの2作品。

 

「creature pt.2」/guardin

creature pt. 2 [Explicit]

2020年1月10日リリースされたEP。前年リリースされた「creature pt.1」に引き続く2部作。guardinはニューヨーク出身のシンガーソングライターです。

 

冒頭曲「backup」はアコースティックギター弾き語りで進行していく楽曲で、彼のメロディの魅力が早くも感じられますが、真骨頂が発揮されるのはここから。

なかでも「alive」が一際クール。シンプルな音作りのエレキギターのフレーズが終始流れ、かと思えばトラップ要素を多分に含み、ボーカルはラップのように言葉を畳み掛ける。途中には京浜東北線のアナウンスがサンプリングされたりと、仕掛けの多い曲ですが雑多には感じられずとてもエモーショナルでした。

 


彼の音楽を聴けば聴くほどジャンル分けってものが無に帰すようで、それってとても夢があることのような気がします。ジャンルという枠をぶち壊すような、彼にしか生み出せない音楽が堪らなく好きです。

 

ジャンルレス・ハイブリッドな新世代のSSWを挙げるならClairo,Rex Orange Countyと共に私は彼を挙げたいです。楽曲やEPは多くリリースしているものの、いまだフルアルバムをリリースしていない彼。今年大注目です。

 

 

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「andromeda」/LoneMoon

andromeda [Explicit]

LoneMoonはソロアーティスト、ジャンルとして括るならヒップホップですが一人で全てのトラックを制作しており、これまでもチルやダブ、インディーロックなど様々なジャンルの音楽を生み出しています。

「first real debut」と表して2019年12月20日にリリースされた本作も、エレクトロを中心にヒップホップ×R&Bや音楽が広がっています。音の使い方や楽曲のもつ独特の世界観、歌い方などLoneMoonにしか無いもので刺激的ですが、同時に不思議と親しみやすさを自分が感じたのは、LoneMoonの持つ「世界中、宇宙にまで愛を広げる」というテーマから生み出される優美さが成せる業でしょうか。

 

www」は重低音と奥で鳴り続ける電子音に乗って軽やかにラップが重ねられていくのが快感ですが、ときおりハンドクラップと一緒に「いち!に!さん!し!」と日本語のカウントが入るのが癖になり一番お気に入りの曲。

 

今年も新たなアルバムやミックステープのリリースを予定しているとのこと。既にリリースされているミックステープからの先行曲もとてもかっこよく、今から期待です。

 

 

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2010年代アルバムマイベスト

極めて私的な10年代ベストアルバム、今回は海外のアーティストがリリースした中から10枚。

 

 

「Noel Gallgher's High Flying Birds」(2011)

Noel Gallgher's High Flying Birds  

ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ

初めて生でライブを見た海外のアーティスト。「Everybody's On The Run」の間奏で、初めて生演奏を聴いて号泣した。そうして音楽を聴く上でたくさんのきっかけをくれたのがノエルギャラガーでありこのアルバムだった。そんな作品を一生大事にしたい。

 

 

「James Blake」(2011)

James Blake

James Blake

初めて彼のライブを見たとき、ようやくその音楽の真髄に触れた。ステージ上には3人。ギターとベースを兼ねる者、ドラムと電子パットを自由自在に駆使する者、そしてキーボードを弾きながら歌声を届ける者。

Limit To Your Love」が披露されたときの会場中が聴き入るような空気感も、2ndアルバムに収録される「Voyeur」がより激しいテクノに変貌し照明と相まってとんでもないことになっていたことも思い出せる。

そしてライブの最後で「The Wilhelm Scream」が演奏されたとき、ひとつの音楽を聴いて異なる矛盾するような感情を重ねても良いんだなと悟ったのだった。ノリノリの曲にテンションを上げて、バラードにうっとりするだけが楽しみ方じゃない。ひとつの曲を聴きながら、美しい音色への恍惚感や寂寥感も、曲の展開への興奮も、あらゆる感情をごっちゃにして楽しんで良いんだなと。自分の心中なんてそう一つに括れるほど単純なものじゃないんだからこそ、そういう楽しみ方も素晴らしいんだよと教わった宝物のような時間。

 

 

The Last of Us」(2013)

Gustavo Santaolalla

Last of Us

自分にとってゲームサントラは、音楽ライフを振り返る上で欠かすことができない。ゲームサントラが好きなのは、曲として好きなだけでなくそこにゲームを通じて得た物事を重ねることができるからだ。

 

それはゲーム内の壮大なストーリーだけでなくて、なかなか攻略できずに四苦八苦してプレーしたことや、続きが気になって仕方なく夜通しゲームした現実世界での自分の振る舞いも重なっていく。

 

The Last of Usという物語はとても面白い。そして作中で流れる音楽は、寂しげでどこか危うさを帯びた、一方でほんの少し暖かみもあるようなこのゲームの本質を音として伝えてくれる。

 

思うに、自分にとって大事な音楽っていろんなことを想い起こすことができるものなんだろう。

 

 

「Black Messiah」(2014)

D'Angelo

BLACK MESSIAH

サマーソニックなる音楽フェスの存在を知ったのは2015年のことである。そしてD'Angeloというアーティストを知ったのも同時だ。何でもとんでもないライブをしたと様々な媒体でしきりに話題になっていた。

前作をリリースすると表舞台から姿を消し、山にこもったりした後に14年ぶりにアルバムを出し、そして満を持して翌年に初来日を果たしたという彼のことが、ライブの評判も相まってとても気になった。

 

CDショップで買ったアルバムを聴いてみる。よく分からない…。なにかドス黒くて恐ろしく、今までに聴いたことのなかった音楽。聴き込む。分からない…。ギターロックばかり聴いていた自分にとっては異物感しかなかった。そんなタイミングで再来日、単独公演が決まる。相変わらず理解できずにいた彼の音楽、けれど不思議とライブ会場に向かわなければいけないような気がした。

 

ライブ当日、一時間以上経っても始まらない。そわそわしている自分をよそに、開演遅れのアナウンス。それを聞いてなお余裕ある微笑を浮かべる周りの観客たち。20歳そこそこのぺーぺーなどお呼びでない、来てはいけないところへ来てしまったのだと思った。

 

いよいよ彼がバンドを率いて登場した。最初の一音から全ての疑心が弾け飛んだ。理解できないと思っていた彼の音楽が、とてつもなく輝いて聴こえた。拍手をしたり歓声を上げるだけでなく、音に合わせて自由に身体を揺らすという楽しみ方を知った。

 

全席指定のホールを見回してD'Angeloが観客に手招きをした。10列目に座っていた自分は彼のその煽りに操られたかのように席を立ち、ステージの真ん前へと駆け出していた。そんな若造を見て会場中の観客たちが続いた。初めて席のある会場の前方がライブハウスさながらのスタンディングとなる瞬間を見た。手を差し伸べた私に彼は力強くハイタッチしてくれた。鍛え上げられた彼の身体を覆う大粒の汗がとてつもなくかっこよく映った。

 

このアルバムは自分がロック以外の音楽も好きだということを気づかせてくれた作品で、D'Angeloという男は自分にまた新たな音楽の楽しみ方を教えてくれたのだ。

 

 

「Syro」(2014)

Aphex Twin

Syro [帯解説・ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (BRC444)

この頃になるとロック以外の音楽も聴いてみたいなと、漠然とした興味を募らせていた。ほとんど情報源を持たない中で、数少ない贔屓にしていた音楽ブログで紹介されていたこのアルバムを知る。店頭で手に取るも、シンプルなアルバムのアートワーク故にどんな音楽が聴けるのか想像できなかった。

 

そんな状態でCDをオーディオに突っ込む。何だこれは…!!何が起きているのか分からない。分からないのだけど、まるで流れの激しい渓流に投げ出され身体を弄ばれているかのような感覚を前に、私は気持ちいいなと思った。予想のつかぬ展開の連続、聴いたことのないような音の絡み合い。

 

一生懸けても世界中の音楽を楽しみ尽くすことなんてできないだろうな、と感じ取った初めての瞬間だった。

 

 

「Ghost Stories」(2014)

Coldplay

GHOST STORIES

Viva La Vida or Death and All His Friends」もしくは「Mylo Xyloto」で存在を知り、遡って聴く内に「A Rush of Blood to the Head」がお気に入りのアルバムになったColdplayというバンド。

彼らのアルバムで一番好きなのが、初めてリアルタイムでリリースを迎えることができたアルバム「Ghost Stories」だ。

 

多感だった学生時代に、このアルバムの温度感は堪らなく自分に馴染んだ。大好きな彼らのメロディはそのままに、抑えられたミニマムなサウンドを伴っていて、魔法みたいだなと感じた。

アルバムというフォーマット故に、じっくり腰を据えて向き合う必要のある作品も多い。けれどこの作品で描かれている感情はとても身近で、肩肘張らずに何度も何度も聴いた。

 

一番好きな聴き方。日を跨ぐ40分前に電気を消して、真っ暗な部屋で布団を深々と被る。イヤホンをズッポシと耳に突っ込んで、Walkmanで再生する。するとどうだろう、真っ暗な部屋のなかに星空が浮かぶのだ。「Always In My Head」にグッと引き付けられて、「Ink」の軽やかさにリラックスして、「Midnight」のサウンドと共に意識と現実の境界線を曖昧にする。そうして「A Sky Full of Stars」に到達したとき自分の意識は窓の外へ、街灯の明かりを越えて向こうに見える山を越えて、ようやく望める無数の星々のもとまで飛んでいくんだ。慈愛を可聴化したような「O」のピアノの音色に包まれたまま、いつの間にか眠りにつく。

 

東京ドームでの来日公演。中盤で「Always In My Head」「Magic」を披露したほんの数分、あの時間だけはちっちゃな部屋にColdplayの4人と自分だけがいるかのような気分になって、その夜は久し振りに一番好きな聴き方でアルバムを聴いた。

 

 

「A Moon Shaped Pool」(2016)

Radiohead 

A Moon Shaped Pool[輸入盤CD](XLCD790)

高校生の自分。音楽ブログでおすすめされていた彼らのアルバム「The Bends」を聴く。かっこいい、すげえ…。洋楽を聴きはじめたばかりだった自分には、ギターロックでありながら唯一無二で複雑に展開するこのアルバムの楽曲はすこぶる新鮮で、病み付きになった。

よし、このバンドのアルバムを他にも聴いてみよう。「OK Computer」を聴く、ちょっぴりピンとこない。「KID A」を聴く、なんじゃこりゃ?ギターロックの頂きに到達したかのような「The Bends」のその先の風景を期待した青年には肩透かしに思えた。自宅のCDラックからしきりに取り出されるのは買った3枚のうち1枚きりになっていた。

 

3,4年が経ち、2016年。サマーソニックRadioheadが出演することになった。新しいアルバムも出た、どうやらでストリーミングサービスというやつなら先行で聴けるらしい。きっとかつて自分が望んだようなギターロックがに聴けるわけではないのだろう。それなのに、不思議と急かされるような気分でApple Musicというものを始めた。

 

やっぱり「The Bends」とは違ったし、もちろん「OK Computer」とも「KID A」とも違った。だけれどとても、とても心地よく聴こえた。この数年いろんな音楽を聴いてきた。自分の耳は様々な音楽を聴くことに喜びを覚えていた。

もう一度「OK Computer」を聴いてみた。こんな歴史に残るとんでもなねえアルバムがあるのか!と一人で沸き立つ青年がそこにいた。

 

生で聴かないとダメだ!と確信して、友達を誘い初めて音楽フェスというものに行った。そしてあの2時間、夢中で見ていて記憶なんて残す余裕がなかった。それでも、今このアルバムを聴けば「Burn The Witch」と共にライブの始まったときの胸踊る感覚を、「The Numbers」と共に肌を撫でたやや肌寒い海風を思い出せる。くっきりと。

 

 

「Coloring Book」(2016)

Chance The Rapper

Coloring Book [Explicit]

2018年、ヒップホップというジャンルを牽引する彼がサマーソニックにて待望の初来日を果たす。

自分は全くヒップホップというものを聴かなかった。ギャングスタラップへのイメージのせいか、どうしてもどこか血生臭くて怖い印象をこのジャンルに抱いていた。平坦で淡々とラップを紡いで捲し立てる印象があって、自分の楽しんでいる音楽とは全く別の世界のものだという先入観を抱いていた。

 

海外の音楽をネット上で追うようになると、ヒップホップの話題を避けては通れなかった。良い機会だからとこのアルバムを聴いてみる…。

おやっ?思っていたのと違う。とても音色がカラフルで豊潤で、喜びや幸福といったものを感じ取った。抱いていた先入観なんぞ、すっかり地の底へと消え去ってしまっていた。まだ見ぬ光景が見れるんじゃないかと予感した。

 

サマーソニック当日。こうしてヒップホップを聴き始めたばかりの自分には懸念があった。アーティストのラップに付いていけるのか。ライブ映像を見ると観客はみな流れるようなラップに声を合わせている。どうしたものかと思っていたら、後ろにいた二人組の外国人が話しかけてくれた。

「とても楽しみなんだけど、付いていけるか不安だよ。」と伝えると、満面の笑顔でこう返してくれた。「大丈夫、自由にテキトーにやって楽しめばオッケーだよ!私がバッチリ引っ張るから任せて!」と。

 

約70分間のステージ、自分は歌詞もあやふやでボロボロだったけど、好き勝手に歓声を上げたしデタラメな文章を口走ったし、鼻唄でフフフーンとごまかした。とてもとても楽しかった。会場の観客たちがヒップホップが下火だと言われて久しい日本に来てくれたChance The Rapperへの感謝と敬意と愛情をどうにかして伝えよう、めいっぱい返そうとする姿。それを見て嬉しそうに感極まった表情を浮かべる彼。あんな愛情が溢れた光景は、彼の音楽と共に一生忘れられない。そしてもちろん、自分の真後ろでどの曲もバッチリアーティストばりに歌えていたあの外国人のことも。

 

 

「iridescent」(2018)

BROCKHAMPTON

Iridescence (Clear Vinyl) [12 inch Analog]

ヒップホップへの入り口に導いてくれたのがChance The Rapperだとすれば、その奥に広がる素敵な光景へと手を引いてくれたのがBROCKHAMPTONだ。2018年のサマソニが終わり、いろいろヒップホップも聴いてみようと思った自分が辿り着いたのは「iridescence」というアルバムだった。

 

アルバムタイトルが意味する「玉虫色」がとても似合うグループだなあ、と聴けば聴くほど思った。6人が代わる代わるパートを担っていくスタイルや、幅広いメンバーのパフォーマンスに沿うような多彩な音楽によって、ヒップホップを楽しむDNAが自らの細胞内に新しく生成されていく感覚。

 

19年の夏、サマーソニックへの出演とそれに先駆けての単独公演が決まった。「ワン・ダイレクション以来のボーイバンド」と称する彼らのライブは戦隊ヒーローショーみたいに華やかでド派手で、どのメンバーを見ていればいいのかと目が回る。ステージに立つメンバーの名前に始まり定番曲のラップパートまでしっかり覚えて、会場中の観客たちと声を合わせて捲し立てるように叫んだ。後方ではメンバーに促され、感情

を爆発させるような幸福感のあるモッシュも巻き起こっていて、ヒップホップのライブの楽しさを分かった気がした。

 

だから感謝を伝える気持ちで手を差し伸べたら、Kevin Abstractが力強く握り返してくれた。惚れないはずがなかったので、8月15日はKevinファンになった記念日。

 

「A Brief Inquiry Into Online Relationships」(2018)

The 1975

ネット上の人間関係についての簡単な調査

忘れもしない2018年11月30日0時ちょうど、私は夜行バスに乗っていた。どうせ眠れないからとイヤホンをつけてリリースされたばかりのこのアルバムを聴いた。

 

いつもと違う雰囲気のオープニングトラック「The 1975」が得も言われぬ期待感を煽り、そこから57分間一瞬足りとも聴き逃すまいと齧り付いて耳を傾け続けた。

 

この時代に生まれて良かった、と心の底から思えた。この2010年代になって海外の音楽を聴き始めた自分には、ひねくれた性格ゆえの歯痒さがあった。

どの時代のリスナーにとっても、自分の世代を代表するようなロックバンドがいる。60年代ならThe Beatles,70年代ならSex Pistols,Queen,80年代ならGuns N' Roses,U2,90年代ならNirvana,Oasis,Radiohead,2000年代ならArctic Monkeys,The Strokesなど…。

音楽を好きになり過去に出た作品をいろいろ聴き、これをリアルタイムで楽しめた人は心底楽しかっただろうなと思った。では自分はどうか?2010年代、ことあるごとに「ロックは死んだ」と偉そうな評論家たちはしたり顔で言っていた。評判の良いアーティストやアルバムが出ると「○○の再来だ!」と持て囃された。自分たちの世代に生まれたものさえも、かつての栄光ある作品たちに例えられてしまう。何でもかんでも昔の世代の手柄にされるような気持ちになって、何かを奪われるような感覚で悔しかった。かつての人々が経験できたであろう熱狂を、

生で味わえることを欲していた。

 

 

それがこの日、ストリーミングサービスを通じて0時ちょうどに多くの音楽ファンが同時にアルバムを聴く。SNSを通じて余計なものが介在されることなく、皆が抱いた感動が直接周囲へと広がっていく。これまでは名盤と呼ばれる作品を聴きながら想像することしかできなかった、リアムタイムでのロックへの熱狂を初めて体感できた瞬間だった。

 

 

何度も何度も擦りきれるくらい聴いたし、全ての歌詞を逐一ノートに書き写して読み解いた。サマーソニックの出演した彼らの、命を燃やすようなライブを脳裏に焼き付けたし、彼らのライブが見たいという思いが自分に初めて海外一人旅をさせた。人がいろんな行動に駆られるようなエネルギーとなる音楽、これって凄いことだなと思う。

 

こうして、音楽がもっと好きになったと確信した2019年現在、このアルバムが一番大切な作品になった。

 

 

 

 

 

2019年が終わる。2010年代という区切りも終わる。2020年が始まるし、2020年代というひとつの枠組みがまた始まる。私は次の10年でこの10年よりも音楽が好きになれる確信がある。

 

そして2020年代が終わるとき、私はどんな風にその10年を振り返っているだろうか。どんな素敵な音楽と知り合えているだろうか。そのときになってもまだ「次の10年でまだまだ音楽が好きになれる」と笑いながら言っているだろうか。

 

 

きっとそのときはこの文章を読み返しているはずだ。笑ってくれていると嬉しいな。