音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

ライブに行ったレポートやアルバムの感想・レビュー。好きな音楽を見つけるツールにも

2019年アルバムベスト

今となっては遠い記憶、ライブにガンガン通っていたあの頃ですね。つまりは割と実際に演奏されるのを目の当たりにして、よりアルバムの作品としての魅力に辿り着けていた1年でした。多くの来日公演や、素敵な思い出となったサマソニ2019で見たアーティストの作品も多く並んでいるような気がします。

同時にこの年聴いたアルバムを引っ提げたライブツアーを見たかったなあ、と今となっては叶わなかった願いがくっついたラインナップでもあります。

それでも作品が持つエネルギーは決して失われることはない。だから今になって書いてみたという次第です。

 

1."Everyday Life"/ Coldplay

 

エヴリデイ・ライフ

贅沢な僕らは失ってから初めてその尊さに気づく、それが翌2020年という年でした。

A Head Full Of Dreams」という煌びやかなアルバムを出し、大規模な世界ツアーを完遂し、キャリアの総決算というべき活動から一区切りつけていたColdplayがリリースした今作は、まさしくその「何気ない日常」の尊さを描いた作品。

等しく流れる時間も、世界中を見渡せばそこには様々な生活があり、恩恵もあれば苦難もあり皆一様ではない。朝日がのぼり、日が落ちるまで、日々紡がれる人々の生活のそのどれにも寄り添ってくれるような音楽だと思います。それは聴き手がどこに住んでいたとしても。

内省的で繊細な音楽を奏でたキャリア初期から、スタジアムいっぱいを歓喜の輪で結びつけるエネルギーに満ちた直近まで、Coldplayの持てる音楽性のすべてに、様々な国のミュージシャンを招き異国の言語まで交えた結果、今の時代だからこそきっとリリース当時よりも一層響いて聴こえる奇跡のようなアルバム。これが2020年に出たのではなく2019年に出たという事実こそが重要で、今の僕が2019年に出たアルバムから1枚オススメしてと言われたならば迷わずこの1枚を推します。いつか今を振り返るタイミングが来たら、このアルバムを思い出す。

 

2."House of Sugar"/ (Sandy) Alex G

House of Sugar

2018年ごろからフォークロックの魅力に少しずつ気づき始めたのですが、この年特にフォークの良さを教わった2枚のアルバムのうちの1枚。どんなアルバムかって聞かれたら、「アルバムジャケを見れば分かるよ。」と答えるつもり。優しくて儚げで、歌詞は寂しげだけどその音楽には救いを感じてしまう"Hope"がベストソング。冬の夜空がとても似合います。

 

3.Brightness

 

こんなかっこいいロックが私は好きだった。そう、いろんな音楽を聴いて、どこまでも音楽の趣味は広がっていっても、やっぱり自分の原点はここにある。超かっこいい、それだけでもう良いじゃないか。ちょっと粗っぽくて、でも尋常じゃなく太え芯がドンと通ってる。圧がビシビシくる、でもどこか美しくもあって。きっとライブも良いものなんだろうな、いつか見てみたい。

 

4."Actors"/ Slow Hollows

Actors

印象的なジャケット、そして美しい音楽に魅せられた後、この偉大なバンドの解散を知りました。悲しすぎた。Slow Hollwsの作品はこの1枚しか触れたことがないので、このバンドのキャリアを通じて語ることはできないが、このアルバムはバンド、ロックという範疇を超えこの作品にしかない音楽を宿している。彼らがキャリアのラストに残した全身全霊・最高のアルバムを聴いてほしい。ベストトラックは"You Are Now on Fire"

 

5."I Am Easy To Find"/ The National

I Am Easy To Find [解説・歌詞対訳 / ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (4AD0154CDJP)

タイトルが意味するところの「私は(あなたを)容易に見つけられる、理解できる」ってどういうことだろうか。それはいつだって見守っているということであり、心が通い合っていることではないかと私はアルバムを聴きながら思う。

前作から打って変わり穏やかな曲調の楽曲が多いこの作品は、長い年月を経て変化していく人間関係を描く。アルバム全体を退屈に感じさせないのは、人の営みの有機性を雄弁に語るかのようなドラムのおかげだ。細かに変わるリズムの流れが耳を惹きつける。

ラストに待つ"Light Years"をライブで聴ける日を待つ。

 

6."Oh My God"/ Kevin Morby

Oh My God

フォークの良さを教わったもう1枚。初めて聴いたとき「あっ、今ならボブディラン好きになれそう。」って思いました。変な感想ですよね。

ギターロックしか聴かなかった数年前、The Bandとのライブアルバム「Before The Flood」をたまたま聴いて、さっぱりフォークの良さがわからなかったんですよね。でもそれからいろんな音楽を聴いてきて、そしてこのKevin Morbyのアルバムを聴いたときにいろんな点が結ばれたような感覚に陥りました。

河川敷にレコードプレーヤー持って行って、大福片手に芝生に腰おろして聴いていたときのそよ風がとても気持ちよかったな。

 

7."ANGELS"/ THE NOVEMBERS

ANGELS

こんなにかっこいい、なんならこの年一番かっこいいロックはここ日本にあったんだ。アルバムを取り巻く世界観のようなものも最高、ライブハウスでのライブを見に行って眩暈がするほど魅了された。アリーナとかで演奏されるのを見たいな、と思うくらいスケールもドでかい作品は、翌2020年の音楽シーンの一部を先取りしていたかのよう。

 

8."Good at Falling"/ The Japanese House

Good at Falling-Coloured- [12 inch Analog]

どうしても音楽の知識に乏しい私はジャンルよりも世界観なんかで作品を語りたくなります。この作品はそのアートワークから雪の降り積もる風景を連想しているのですが、幽玄であり優美だけど、エレクトロだったりアコースティックだったりいろんな音楽がその世界観のなかで1つに結びついて、The Japanese Houseにしか生み出せない作品と相成っている気がします。1stアルバムだけど、この先どんな風に進んでいくのか凡人である自分には想像できないくらい圧倒的な完成度。

 

9."Assume Form"/ James Blake

アシューム・フォーム

極限まで削ぎ落された鋭いエレクトロで聴き手を貫いた1stアルバムから8年。私生活の移り変わりも相まって、これまでで最もポップかつ歌声がメインにある作品だと思います。多くのポップアーティストとのコラボを重ねた果ての今作では、多くのアーティストを招いて彼の今とシンクロしたこの音楽性に辿り着いている。アルバム終盤に控える"Don't Miss It"がベストトラック、何故ならこの曲の歌詞を踏まえて今作に聴き入ることに意味があると私は思うから。

 

10."Ancestral Recall"/ Christian Scott aTunde Adjuah

Ancestral Recall [Analog]

超次元音楽って知ってますか?物理学者の間で異次元空間とは重要な議題なのですが、Christian Scottの音楽、特にライブはこの世で最も異次元へと近づけるオーパーツなんです。もうぶっ飛びます、人間業じゃないです。でもそれは人並み外れた人間業じゃない技量を見せつけるだけの曲芸ショーじゃなくて、一部の隙も許されない極限まで折り重ねられた美しき芸術品なのです。ライブアルバムも出ているのでそちらも併せて是非。

 

(次点)※随時更新中。

 

Bring Me The Horizon

AMO

 

Better Oblivion Community Center

BETTER OBLIVION COMMUNITY CENTER

 

Bibio

Ribbons [解説・歌詞対訳付 / ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (BRC593)

 

Little Simz

GREY Area [輸入盤CD] (AGE101001CD)_686

 

Foals

Everything Not Saved Will Be Lost (Part 1)

エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト・パート2

 

Wallows

Nothing Happens [Analog]

 

Nilüfer Yanya

Miss Universe

 

"WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?"/ Billie Eilish

ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?

「ビリーアイリッシュ?最近人気みたいだね。」そう言いつつ斜に見ていた頃もありました。捻くれ性格が半分、あとサマソニ2018で一瞬ちらっとしかライブ見なかった後悔からの強がりが半分。

そんな生臭坊主を見事ノックアウトしたのはコーチェラの生配信でした。40分くらいだったでしょうか、感動した自分は即チャリを走らせ街のレコ屋へ、このレコードを買ったのでした。後悔を取り戻すべくライブを見られる日は来るのでしょうか。「bad guy」はもちろんキラーチューンだけど、「wish you were guy」みたいに彼女の歌声にじっくり聞き入るような曲のほうが意外と好き。

 

Loyle Carner

Not Waving, But Drowning [12 inch Analog]

 

Kevin Abstract

ARIZONA BABY [Explicit]

 

Big Thief

U.F.O.F. [輸入盤CD] (4AD0129CD)

Two Hands [解説・歌詞対訳付 / ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (4AD0180CDJP)

 

Tyler, The Creator

Igor

 

Not Wonk

Down the Valley(CD+DVD)(初回生産限定盤)

 

サカナクション

834.194 (通常盤[2CD])(応募抽選ハガキなし)

 

Blarf

 

 

Freddie Gibbs & Madlib

Bandana

 

Clairo

Immunity

 

Bon Iver

I,I

 

BROCKHAMPTON

GINGER [Explicit]

 

Caroline Polachek

Pang

 

Whitney

FOREVER TURNED AROUND

 

Kanye West

JESUS IS KING

 

Rex Orange County

Pony

 

lonemoon

 

 

小袋成彬

Piercing

 

 

Wolf Alice 「The Last Man On Earth」歌詞和訳・解釈

イギリスのロックバンドWolf Aliceが4年ぶりとなる待望の3rdアルバム「Blue Weekend」を6月11日にリリース決定、そして先行シングルとして「The Last Man On Earth」をリリースしました。

アルバム自体「The Beach」という楽曲で始まり「The Beach II」という楽曲で締める構成からコンセプトアルバムではないかと期待しており、そこからの先行シングルもタイトルからもう既に物語を予感せずにはいられません。展開の多いメロディがとても印象的な楽曲ですが、歌詞においてはどのような内容が描かれているか読み解いていきます。

 

和訳だけ読みたい方もいらっしゃると思いますので、脚注は下段にまとめております。気になる方はそちらもご一読くださると、より楽しめると思います。

 

'The Last Man On Earth'

Written by Joff Oddie, Joel Amey, Theo Ellis & Ellie Rowsell

 

Who were you to ask for anything more?

誰に何かしらを請うつもりだったの?

Do you wait for your dancing lessons to be sent from God?

神様の授けるダンスレッスンを待っているの?

*1

 

You'd like his light to shine on you

あなたは神様の御威光が自身に降り注ぐのを望んでいる

You've really missed a trick when it comes to love

あなたは愛情を手にするチャンスをまさしく逃したんだ*2

Always seeking what you don't have, like what you do ain't enough

いつもあなたが持っていないものを探し求めてる、例えばあなたがろくに持ち合わせてないものとか

You'd like a light to shine on you

あなたは自身に降り注ぐ光を求めているんだ

 

And every book you take

そうしてあなたはすべての本を取り出して

And you dust off from the shelf

棚からほこりを払う

Has lines between lines between lines

行間をどこまでも読み解いていって

That you read about yourself

あなた自身をそこに見出す*3

 

But does a light shine on you?

でもそうしてあなたに光は降り注いだ?

And when your friends are talking

友達が話しかけても

You hardly hear a word

あなたに言葉は届かない*4

You were the first person here

あなたはここにいる最初の人類であり、

And the last man on the Earth

そして地球最後の男

But does a light shine on you?

でもそうしてあなたに光は降り注いだ?

 

Who are you to ask for anything else?

誰に何かしらを請うつもりだったの?

The thing you should be asking is for help

あなたが求めるべきだったのは助けとなるものだよ

You'd like a light to shine on you

でもあなたは自身に降り注ぐ光を求めているんだ

 

Let it shine on you

あなたに光あれ

Let it shine on you

あなたに光あれ

 

A penny for your truth

あなたが真実を言っているかは疑わしい*5

But I hedge my bets on love

だから愛情にも両賭けするよ*6

'Cause it's lies after lies after lies

だって嘘が積み重ねられているから

But do you even for yourself

あなた自身にさえ嘘をつくように

 

And then the light shines on you

そうして光はあなたに降り注ぐ

And when your friends are talking

友達が話しかけても

You hardly hear a word

あなたに言葉は届かない

You were the first person here

あなたはここにいる最初の人類

And the last man on the Earth

そして地球最後の男*7

But the light

けれど光は

 

*1:

アメリカの小説家Kurt Vonnegutが1963年に書いた代表作「Cat's Cradle(猫のゆりかご)」には"Peculiar travel suggestions are dancing lessons from God"(=「おかしな旅の誘いは神様の授けるダンスレッスンだ」)という一節がある。ボーカルのEllie Rowsellはこの一節をメモしたものの、「おかしな旅の誘いは神の授けるダンスレッスンじゃなくてただの旅の誘いだよ!どうして何事も(元来持つ意味以上の)他の意味なんかが求められるの?」と思ったとのこと。

*2:

'miss a trick'で「好機を逃す」という表現。

*3:

今まさにこの記事のなかで私が試みていることも、この歌詞の行間を読んで可能な限り読み解いていくことだ。そうして日々いろんな歌を聴いたときにふと気になるフレーズを耳にして、「ここの歌詞、自分のこと言ってるみたいだ。」なんて感じたことがないでしょうか。

ここでの「あなた」は、棚にあった本(神様にまつわる表現が多いことから、ここでは聖書や教典、あるいは神話についての文献だろうか)を片っ端から読み漁り、そこに自分自身のおかれている状況についての記述がないかを探している。

それでは今置かれている状況とは何なのでしょうか?

*4:

本を読むのに傾倒する「あなた」はいつしか他者の言葉に耳を傾けることをやめてしまった。

Ellie Rowsellはこの楽曲について「人間の傲慢さについての曲」だと語っています。それでは「あなた」のこの姿こそがここでは「人間の傲慢さ」のモチーフということでしょう。

*5:

'penny'とはイギリスの通貨単位のことで100分の1ポンド(=1ペンス)ほどの価値です。つまりはとても些細な金額。それくらいしか賭けられない=信じられないという表現だと思います。

少し似た表現で'a penny for your thoughts'というものがあり、こちらは「何を考えてるの?」と尋ねるフレーズです。もちろん実際に払うわけではありませんが、ちょっとした呼びかけとして1ペンスという額がちょうどしっくりきます。

*6:

'hedge my bets on'は「~に(保険をかけて)両掛けする」という表現です。なにか1つに全賭けしても勝てる保証がないので、一応別の対象にも賭けておくこと。例えばトランプゲームならスペードとハートに両賭けする。

ここでは「あなた」の言動や考え、自分が見えたり感じたりできる部分がどれほど真実なのか疑わしい。だから「愛情」にも両賭けしておくよということですね。

 

一見、この後にも続くように「あなた」は嘘まみれだから信じられない、と突き放しているようにも思えますが、私はこの一節がとてもロマンティックで、なおかつこの楽曲の歌詞における根幹のメッセージのように感じました。

ここまで述べてきた通り、「あなた」は自分にないものを求め、神からの祝福を願い、「本」あるいは「文章」という揺るがないものの中にその答えを探そうと考えています。文章は一度文字として書かれれば、(解釈はともかくとして)存在自体は不変のもの。だからこそきっと「あなた」はそこに依存しているわけですね。逆に友達の言葉というものはその都度かけられるものであり、ある意味で刹那的だったりします。

 

一方で、「私」は「あなた」を信じようとする。仮に「あなた」が偽りばかりだったとしても、「私」あるいは「あなた」の抱く愛情を信じると言っています。

対照的な姿ですが、真実性や愛情といった不確かなものを信じる、というのは確実性が尊ばれる昨今では滅多にみられないかもしれない、とてもロマンティックで人間臭く、愛情深い考え方だと感じます。

*7:

そうして誰の言葉も気に掛けなくなった「あなた」は、他者とのつながりのない、たったひとりこの地球に取り残された男となってしまった、というオチでした。「あなた」以外は地球から脱出してしまったのでしょうか?

ここでようやくこのお話の全貌が明かされます。

きっと何らかの理由から地球は滅亡の危機に面していた。ノアの方舟よろしく宇宙へ脱出することで助かる目途が立つが、「あなた」は神の救いがきっとあると頑なに逃げようとしなかった。教典や神話の本等いろんな文献を読み漁り、どこかにその確証がないかと探す「あなた」は、友達や「私」からの説得にも耳を傾けず、最後には一人地球に残った。そんな「あなた」に果たして救いの光は降り注いだのでしょうか?

 

この曲のテーマ「人間の傲慢さ」とは「あなた」のことであり、つまりは他者からの言葉であったり信頼や愛情を信じないまま、ときに自分を偽ってまで自分の中にあるもの(ここでは神への信仰でしょうか)のみに執着・依存し、最後には破滅してしまう姿にあったのです。とても寓話的かつシニカルですが、どこか現代の私たちの生き方や考え方にも繋がっているような気がします。

 

余談ですが冒頭で紹介した「猫のゆりかご」の内容は、科学や宗教、国家などをシニカルな語り口で風刺しており、物語の結末は地球上の生命が息絶えるというものでした。

ja.wikipedia.org

 

 

参考記事

www.nme.com

 

BLUE WEEKEND [12 inch Analog]

BLUE WEEKEND [12 inch Analog]

  • アーティスト:WOLF ALICE
  • 発売日: 2021/06/11
  • メディア: LP Record
 

暗がりにこそ美しさは宿る Puma Blue 'A Late Night Special'

 

1stアルバム「In Praise Of Shadows」をリリースしたばかりのPuma Blueが、'A Late Night Special'と題した配信ライブをおこなった。配信といっても生ライブではなく、事前に収録した映像を各地域の時間に合わせてそれぞれ配信するという形となっている。

本人から「コンサートフィルム」だと伝えられており、映像面ではChild Studioディレクションを務めている。Child Studioはロンドンを拠点に活動するChe HuangとAlexy Kosの2人組。家具等インテリアのデザインやアートディレクション、映像制作等に携わっているとのこと。

childstudio.co

 

ライブでは、約一時間のなかで新譜からの楽曲を中心にキャリア初期の楽曲まで幅広く、これまでの集大成と呼べるような内容が美しい映像に乗せて届けられた。

 

 

Topic 1 アルバムのテーマと共鳴する映像演出

デビューアルバムのタイトル「In Praise Of Shadows」とは谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」の英訳であり、その内容からもインスピレーションを受けている。「陰翳礼讃」の内容を端的に表すならば暗闇・影にこそ美しさが宿るというものだが、今回のコンサートフィルムではその美学が映像の中に生かされている。

演奏が行われたのは、長い布のベールが壁に沿っていくつも天井から垂れ下がっているほかは特に装飾のなされていないシンプルな一室。それが楽曲に応じて薄暗い環境になったり、そのなかでスポットライトが当たったり、またある曲では薄ぼんやりとして赤みがかった明かりに切り替わったりと、部屋の明暗が変遷していく演出が印象的だった。まさしく陰翳礼讃の美学を映像として作品に昇華した見事な演出だったように思う。

 

Topic 2 楽曲の表現幅を広げるアーティストたち

そんななかで音楽を届けてくれたアーティストたちを紹介する。

 

(Guitar/Vocals) Puma Blue

(Bass) Cameron Dawson

(Drums) Ellis Dupuy

(Keys/Sax) Harvey Grant

(Additional Guitar) Gabriel Levy

(Backing Vocals) Jemimah Marie

(Backing Vocals) Bre Antonia

(Backing Vocals) Maria Drea

 

サウンドの中心にいるのはPuma Blueに加え、アルバムにも参加している3名。Cameron Dawsonはロンドンのソウル/ポップバンドMamas Gunのメンバーでもある。Ellis DupuyはロンドンのアーティストNilüfar Yanyaのライブメンバー等も務めている。Harvey Grantはアルバムにおいてもサックスやストリングアレンジに加え共同プロデューサーを務めるなど特にサウンド面で大きな役割を果たしており、Ellis Dupuyとともに1st EP「Swum Baby」からPuma Blueの楽曲に関わっている。

 

そんな実力・経験共に抜群のアーティストたちの演奏は、Puma Blueの楽曲が持つ繊細さを余すことなく形としており、更にはコーラス隊による歌声が加わることで音源とはまた違った魅力が引き出されている部分も多くあった。

 

Point 1 アルバム「In Praise Of Shadows」の真の完成形

 

有名な海外の観光地、例えばイギリスのビッグベン(エリザベスタワー)などは写真や映像を見てもその景色に魅了されてしまうが、実際にその場所を訪れて生で目にしたならばより深く実感を伴ってその魅力を感じ取ることができるはずだ。

同じように音楽というものは収録され音源となり、一つの作品として届けられるものだが、本当の魅力とはその場限りの演奏によって初めて形作られるものではないか。これが私の持論だ。

先述の通り、Child Studioによる映像演出や演奏メンバーによるパフォーマンスは、「In Praise Of Shadows」に収録された楽曲たちの魅力を奥底まで感じさせてくれるものだった。

エレクトロ寄りで打ち込み要素が印象的だった「Snowflower」は、エフェクトを廃したPuma Blueの歌声やEllis Dupuyによる抑えの効いたドラムによってよりシンプルで楽曲の美しさが際立っていた。

Opiate」ではツインギターの音色がより前目に出ていたり、コーラス隊の歌声が楽曲の味わいを深めていて、あらゆる音色が混ざり合う終盤の展開には身体が揺れずにはいられないくらいだった。

アルバム内でも異彩を放っていた攻め攻めの「Oil Slick」も、もちろんアーティストの高い技術を十二分に発揮した、思わず聴き手が圧倒されてしまう時間となっており、これはいつか絶対生で演奏を聴きたい。

 

Point 2 Puma Blueによる弾き語り、Jeff Buckleyが宿った瞬間

圧巻だったのは、照明が完全に落ち、スポットライトに当てられ独り弾き語りをして「Silk Print」だ。かねてよりPuma Blueが楽曲面やライブ面で大いに影響を受けたと言っていたJeff Buckleyの魂が宿っていたのではないかと錯覚するくらい迫真のワンシーンだった。

Jeff Buckleyは1990年代に活動したアーティストであり、カフェで2時間以上一人で弾き語りしたのを収録した伝説のライブアルバム「Live at Sin-é」を残している。私にとっても人生で一番大切な作品であるが、この演奏と並ぶくらい、Puma Blueの弾き語りは忘れられないものだった。ややリバーブのかかったギターの音色と、儚げなのに確かな存在感がある、なんて一見矛盾していそうな表現でしか表せない、唯一無二のパフォーマンス。これからずっとこのアーティストを追いかけていきたい、自分の人生のいろんな瞬間にこの音楽を聴いていたい、とはっきり思えた。

 

 

ラストには、素晴らしい時間となった今回のライブを華々しく締めくくるかのように、ギター・ベース・ドラム・サックスが揃って印象的なイントロになだれ込む「Moon Undah Water」そして優しげなピアノの音色から始まりPuma Blueの歌声とコーラス隊の歌声がフレーズを繰り返す好アレンジの「Only Trying 2 Tell U」と、これまでのキャリアを代表する楽曲を続けざまに披露し大団円となった。

 

 

シンプルだが緻密な演出のもと美しい映像、そして魅力をどこまでも増幅させて披露された楽曲。忘れかけていたライブの魔法を思い出すことができた一時間だった。「コンサートフィルム」としてリリースされた以上いつか作品化して残してほしい、なんて思ったけれど、その場限りの時間に身を委ねる、これもライブの魅力だったはず。

願わくば、いつか日本でもこのパフォーマンスが見れる日が来ることを。

 

 

セットリスト

  1. Sweet Dreams
  2. Velvet Leaves
  3. (She's) Just a Phase
  4. Cherish (furs)
  5. Snowflower
  6. Already Falling
  7. Midnight Blue
  8. Want Me
  9. Opiate
  10. Oil Slick
  11. Silk Print
  12. Bath House
  13. Moon Undah Water
  14. Only Trying 2 Tell U

 

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In Praise Of Shadows

In Praise Of Shadows

  • アーティスト:Puma Blue
  • 発売日: 2021/02/05
  • メディア: CD
 

 

誰が為どこで響く音楽か「SOUNDTRACKS」/ Mr.Children

"サウンドトラック"とは面白い音楽ジャンルだとつくづく思う。ロック、ポップ、ジャズ、R&B等々。今どきはジャンルの垣根を超えた音楽も多く枠にはめるのが難しい面もあるが、それらはその音楽の性質を、堅苦しく言わなければ「それってどんな音楽なの?」という疑問に答えるタグみたいなものだ。

 

そんななかでサウンドトラックというジャンルだけは、音楽の性質ではなくその音楽が作品・物語のなかで流れる点に着目したものだ。だから、当然どんな音楽なのかは聴いてみないと分からない。「ドラゴンクエスト(ゲーム)」なら冒険への高揚感が湧いてくるような音楽が、「リング(映画)」なら背筋が凍り付くような緊張感を高める音楽が、物語を演出する。

つまりは物語あっての音楽、それがサウンドトラックなのだ。

 

 

Mr.Children20枚目のアルバム「SOUNDTRACKS」は、そのタイトルの通りサウンドトラックだ。ならば誰にとっての、どこで、どんな物語を彩り流れるべき音楽なのか。

 

 

その疑問を解き明かすのは「Documentary film」だ。この曲こそが、アルバムの一貫したテーマを歌っている。その歌詞が描くテーマを、順番は左右するがほかの楽曲にも目を向けながら解き明かしたい。

 

今日は何も無かった 特別なことは何も

いつもと同じ道を通って 同じドアを開けて

誰の目にも触れないドキュメンタリーフィルムを

 

平穏だけど退屈な日々、それこそが普段生きる私たちの日常。きっとそこでは物語で描かれるような劇的な出来事はないし、自分自身もその主人公足り得ない。

 

2ndアルバム「Kind of Love」や3rdアルバム「Versus」の頃のサウンドを思い出す「turn over?」は、恋人とのラブソング。でもそれは恋愛ドラマや映画で見るような特別なものじゃない。'turn over'とはここでは、移り変わり・惰性で進んでいくという意味ではないか。疑問符がついているのは、行き先に確信が持てていないから。一発逆転で立ち直ったり物事が劇的に展開したり(ある意味でturn over=裏返る)したりするわけでもなく、長く時間を共にする恋人との関係は、じわりとゆっくり移り変わっていくもの。だから意思だけはここでしっかり改めておく(turn over=切り替える)、かけがえのない「最愛の人」にとって、自分が「理解者」になろうと決心している。そうしてまたこれまで続いてきた日常を、この先も続けていこうという歌だ。

 

 

昨日は少し笑った その後で寂しくなった

君の笑顔にあと幾つ遭えるだろう

君が笑うと 泣きそうな僕を

枯れた花びらがテーブルを汚して

あらゆるものに「終わり」があることを

リアルに切り取ってしまうけれど

そこに紛れもない命が宿っているから

 

長く長く続いていく人生。やがて訪れる終わりや別れからは逃れられないのだから、君の笑顔に寂しさを覚えるし、かえって君への愛おしさであったり、ひいては様々な生命の息吹を感じ取ることもできる。

 

君と重ねたモノローグ」には2分ほどの長いアウトロが続く。シングルで聴いていた頃には思っていなかったが、こうしてアルバムのなかで聴いていると、さながら'幕間'で流れているみたいだなと感じた。

「モノローグ」とは舞台用語で、相手への心情・考えを相手なしに'独白'する演出を指すらしい。一期一会の出会いからずっと共にいることは叶わなかったが、出会いそのものは今後も続いていく長い人生にとってずっと意味を持つものだと、ここでの「僕」は今日もまた独白する。そして'幕間'を挟んでまた人生は場面転換していくのだろう。

 

ずっしりと響く低音が耳を引く「losstime」では、時の経過を振り返りながら長くはない先を見据える老婆の姿。長い日々の中では必ず別れがあり、また自分自身も逃れようもなく'終わり'へと進んでいく。それが生活だ。

「出会いの分だけ別れがある」とは今更使い古されて陳腐な表現かもしれないが、この老婆の生活が寂しげであっても必ずしも悲しげに思えないのはきっと、長い人生のなかで積み重なった人々との出会いや関係性のおかげではないかと感じる。

 

memories」で、そうして積み重ねられた日常を振り返りながら、「君」への確かな愛情があった「美しすぎる記憶」として噛みしめる。代り映えしない日常であっても、積み重なって出来上がった人生は何よりも得難い財産だ。

 

 

希望や夢を歌った BGMなんてなくても

幸せが微かに聞こえてくるから そっと耳をすませてみる

ある時は悲しみが 多くのものを奪い去っても

次のシーンを笑って迎えるための 演出だって思えばいい

君と見ていた 愛おしい命が

 

そうして感じられた愛情であったり生命の息吹から、生命あるいはそれが根付く生活が、普遍的であってもみな一様に輝かしい存在だと気づく。

 

Birthday」は、主題歌を務めた作品のテーマとも共鳴した'生命の息吹'を。誕生から成長、その道中は発見にも挫折にもまみれている。それらを全てひっくるめて「新たな自分の誕生日だ」と称え、シンプルなバンドサウンドや美しいストリングスの音色に乗せた'生命讃歌'だ。

 

'生命讃歌'というのであれば「The song of praise」も一緒だ。こちらは厳密には生命ではなく「生活」讃歌だが。

「駅ビル」も「夕日」も見飽きるほどに馴染んだ日常であり、自分の可能性や未来に背を向けて、他人の夢に心を輝かせて、世界にとってたかが「小さな歯車」なのだと悟る。そんなの大部分の人々にとって共通で、私自身にとってもそうだ。

そのうえでそんな'普遍的'な日々すらも、いやそうしたものだからこそ「讃えたい」と歌う。

 

others」では愛情の交わり、と思わせてその過ちと背徳感・やるせなさについて。自分が相手にとって本命でない側だと自覚しながらも、一時だけの愛情を噛みしめ「窓の外の月」を眺める。そんな生活に対してすら壮大すぎるストリングスの奏でが添えられる。過ちを肯定するわけではないが、過ちのある生活であってもここでは等しく音楽が飾り包み込む。その人にとってはかけがえのない人生だから。

 

 

誰の目にも触れないドキュメンタリーフィルムを

今日も独り回し続ける そこにある光のまま

 

普遍的で誰に気を留められることもないような日常。それでも長く続くその道のりのなかにはたしかに愛情や生命の息吹が宿っていて、特別なことなんて無くてもその輝きは「物語」足り得るのかもしれない。日々を生きる人々の歩みこそがその輝きを運んでいるのだ。

 

どこか怪しげで毒々しい「DANCHING SHOES」では、四方八方に目配せしてバランスを取りながらうまく生きていかねばならない世の中を、自由に生きていくために立ち回っていこうと呼びかける。何も気にせず自分を貫き、思ったように生きていくのは何よりもかっこいいかもしれない。でもしがらみに縛られ周囲を気にしながらも必死にもがいていく生き方もかっこ悪くないと、舞台で舞う踊り子に例えて伝えている。

 

Brand new planet」は、新しい可能性を探す日々を壮大な宇宙旅行に例える。何の変哲もない日常の中でいつしか枯れてしまった夢、先が見えるわけでもない日々の中で迷っていいから再び未来へと探しに行ってみようという歌。Mr.Childrenにとってこれまでで一番といってもいいくらい瑞々しくも力強いバンドサウンドが、その旅の輝かしさを物語っているような気がする。

 

 

 

きっとこの「SOUNDTRACKS」は、普遍的で代わり映えのない私たちの生活のためのサウンドトラックだ。世界を救うための冒険も、超常的な恐怖体験もそこにはないけれど。

一日一日確かに進んでいく日常は「物語」足り得るものであり、その物語をこの音楽は彩ってくれているのだ。

 

 

いつかのライブのMCで、Mr.Children桜井さんは'非日常'としてのライブと、ライブが終わればまた観客たちが各々戻っていく日常について話していたような気がする。

奇しくも少し前から一変してしまった私たちの生活。平凡な日常から解き放たれるように、街を出て旅したり、コンサートに足を運んだり、きっと人によって様々なことをしていたのが、ただひたすらに自分の生活と向き合う毎日となってしまった気がする。

 

彼らのライブが刺激的な非日常を提供してくれるものだとするならば、この「SOUNDTRACKS」という作品は、これまでの彼らの楽曲がそうであったように、あるいはそれ以上に私たちの日常を彩ってくれるものなのだ。こうして誰に読まれるかも分からない文章をひたすら書いている者も、慣れないオンライン授業に悪戦苦闘している者も、日々自分の仕事をして世の中を支えている者も、他者への愛情を温めている者も、その日常をたちまち'物語'として成立させてくれるような、魔法のサウンドトラック。どこにでもいる私たちひとりひとりのために、それぞれのいる生活のなかでこそ響く音楽なのだ。

 

SOUNDTRACKS 初回限定盤 A (LIMITED BOX仕様/CD / DVD / 32Pブックレット)
 

 

 

【インタビュー】Puma Blue

Puma BlueことJacob Allenは英ロンドンを拠点に活動し、2014年にSoundCloud上で公開した楽曲'Only Trying 2 Tell You'を始め、2枚のEP'Swum Baby' 'Blood Loss'などをリリースするなど、今多くのリスナーから大注目のアーティストです。

 

来年2021年に待望のデビューアルバム'In Praise Of Shadows'をリリース予定ですが、この度なんと本人のご厚意でインタビューが実現!デビューアルバムの楽曲・制作過程や谷崎潤一郎との関係性など多くのことを語ってくださりました。

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'Tried less hard, let the music speak through me instead, or something. '

 

―このような機会をいただきありがとうございます!

まず初めに、谷崎潤一郎「陰翳礼讃」を知ったきっかけを教えてください。またどういった思いでデビューアルバムのタイトルに同名を引用したのでしょうか?

(※'In Praise Of Shadows'は谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」の英名)

 

 

多分初めて彼の作品を読んだのは2016年、いやもしかしたら2015年くらいだったと思う。作品を通じて彼の表現だったり題材、考えに信じられないくらい心惹かれたんだ。

「少ない方が豊かである」*1という考えだったり、暗闇や「空白」こそが美的完成度において重要だという考え方がとても好きなんだけど、彼の作品内容も近しいものがあると感じた。

 

以前は、自分の考え方にとどまらず、楽曲や歌詞を書くときにいかに空間へと焦点を置いた谷崎作品の内容を当てはめていくかという部分で一番影響を受けていたように思う。

だけど今回のアルバムを制作するにあたっては、もう一度「陰翳礼讃」を読み返してみたんだ。それはこの作品について考えているうちに、これまで得た暗い経験を受け入れることでより良い場所へと進んでいく、ということがアルバムで描きたいものなんじゃないかと感じるようになっていったから。暗闇、つまりは「陰翳」を受け入れること、今自分がいる地点の一部として、慈愛をもって受け入れるということ。

  

―デビューアルバムが完成したときの気分はいかがでしたか?

 

とても嬉しかったし、疲れ切ってもいたね。ほっとした。本音を言うと、少しおびえてもいるかも。でも一番はただただ喜びが大きかった。

 

―あなたの書く歌詞はあなた自身の経験と結びついていますよね。以前のインタビューにて、歌詞を書くことは「カタルシス」を感じるものだとおっしゃっていましたが、あなた自身の経験に基づいて歌詞を書くことの良い点や難しい点などはありますか?

 

はっきり言うと、場合によっては危ない面もあると思う。どこかしっくりこないから、特定の誰かについて、あるいは誰かのために歌詞を書こうと思ったことは無いんだ。だから歌詞を書くときはできるだけ詳細を曖昧にして、感情やイメージについて焦点を当てるようにしてる。いつも曲中に出てくる人物は誰か分からないままで、誰について書かれたのかも分からないんだ。

'Velvet Leaves'は例外なんだけど、自分の姉妹について特定の事実が伝わらないように心掛けた。*2

 

―以前のインタビューで新しい歌詞の書き方を模索したいとおっしゃっていましたが、今回のアルバムにおいて楽曲制作上の変化は何かありましたか?

 

それぞれの楽曲で異なる歌詞を書こうと取り組んだんだ。いくつかの楽曲では「意識の流れ*3の手法で自由詩を書いたり、よりじっくりと書いた曲もある。

これまで取り組んだことが無かったものといえば、少なくとも(今回のアルバム収録曲のうち)2曲では、デモ音源の収録時に敢えて意味のない言葉で歌ってみて、その音色をもとに歌詞を書き、そこから意味を見出していったんだ。このやり方のおかげで、前までは埋もれたままになっていた自分の伝えたかったことを見つけることができた。

今回は楽曲を作る上でもより実験的に取り組んだんだけど、でもそれはまた別の機会に話そうかな…。自分自身や他の人々に問いかけてみた部分がこれまでより多かった。無理しようとはせずに、自分自身を通じて音楽が何かしらを語ってくれるように心掛けたんだ。

  

―デビューアルバムを作るにあたってターニングポイントとなった楽曲はありますか?

 

良い質問だね。何年か前から既に作っていた曲、いくつかは2014年以降に書いたものがあって、それが'Is It Because' 'Silk Print' 'Already Falling' だね。これらの曲と新しく書いたいくつかの楽曲をどうやって共存させようか、最初のうちは本当に苦労したんだ。

でも、制作過程でターニングポイントになったのが 'Sheets'だと思う。この曲でようやく喜びや嬉しさについて書けたんだと悟ったんだ。これまでずっと喜びや嬉しさについて書こうともがいていたんだけど、'Sheets'はすんなりと書き上がった。そこで

このアルバムが持つ、これまで気づいていなかった新たな一面を見つけることができたんだ。

 

―よく自身の音楽にJeff Buckleyが影響を与えたとおっしゃっています。音楽やライブでの演奏においてどのような影響を受けたと思っていますか?(私もJeff Buckleyが好きで、'Live at Sin-é'はライブアルバムの最高傑作だと思っています!)

 

'Live at Sin-é'は美しいレコードに違いないね。

最もはっきりしてることは多分歌い方。彼を知るまで、彼のように歌うアーティストを知らなくて、彼の音域の広さや魂のこもったエネルギッシュな歌声が一夜のうちに自分を変えてしまったんだ。15歳の頃から彼の歌声に恋して、自分自身もファルセットで歌うことを恐れなくなった。以前は渋くて厚みのある歌声じゃないことを悲しんだりしたんだけど、(彼の歌声を聴いた後は)もうそんなこともなくなったよ。

そうして成長するにつれて、音楽に関する考え方も大いに影響された。コンサートで自分自身や経験をいかに表現するかという部分でもそうだね。彼は決して(ステージ上で)恐れなかったし、自分自身音楽を通じて勇気だったり不調和を感じ取るのがずっと好きなんだ。彼はキャリアを通じてそうした要素を操るマスターだったと思う。君もきっと同じように爆発的で柔らかな体験を(彼の音楽を通じて)してると思うんだけど、そうした体験がいつも自分を鼓舞してくれる。

  

―あなたは音楽に限らず映画やアニメ、神話などいろんな文化からインスピレーションを得ているように思います。今後の人生で忘れられないような作品はありますか?

 

Björk'Vespertine', Sade'Love Deluxe', Jeff Buckley 'Sketches for My Sweetheart The Drunk '(Disc 2), D'Angelo'Voodoo', Radionheadの直近三作品。

 

'Eternal Sunshine of the Spotless Mind'*4'The Midnight Gospel'*5の最終回, 'Joseph Campbell and The Power Of Myth'*6など。

 

あとはパルマ・デ・マジョルカ*7にあるJoan Miro*8のスタジオ。厳密には場所だから(作品には)数えないかもしれないけど、きっと忘れられない存在なんだ。

 

ああでも正直に言えば、'Star Wars: The Empire Strike Back'だ。自分の信頼を打ち砕いた作品として記憶に一生刻み込まれたままだろうね。

 

 

Puma Blue

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2014年にSoundCloud上で公開した楽曲'Only Trying 2 Tell U'が多くのリスナーから注目を集めると、2017年に'Swum Baby',2018年に'Blood Loss'と2枚のEPを、2019年にはライブアルバム'on his own. (live at Eddie's Attic, Atlanta)'をリリース。

2021年2月5日にデビューアルバム'In Praise Of Shadows'をリリース予定。(link to pre-save/ pre-order: http://ffm.to/pb-presave)

 

(記事の英訳版はこちら)

 

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*1:「less is more(少ない方が豊かである)」はドイツ出身の建築家Mies van der Roheの遺した言葉であり、無駄をそぎ落としシンプルさや機能性を求めることで美しさを実現させる、という建築理念。転じて様々なデザイン分野、あるいはミニマルライフ等でも用いられるようになった。

*2:'Velvet Leaves'はJacob Allenが実際に体験した自身の姉妹に関する出来事を元にした内容となっている。

*3:元々は心理学の概念であり、常に変わりゆく精神上の主観的思考・感覚を、注釈なしに記述していく、という文学上の手法を表す用語としても用いられる。

*4:エターナル・サンシャイン’は2004年に公開された映画

*5:'ミッドナイト・ゴスペル'は2020年にNetflixで配信されたアニメーション作品。

*6:アメリカの神話学者ジョゼフ・キャンベルが1988年に出した著書。

*7:スペイン・バレアレス諸島州基礎自治体であり、マジョルカ島南西部の都市。

*8:ジョアン・ミロは20世紀のスペインの画家。日本の美術館にも作品が収蔵されている。