音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

ライブに行ったレポートやアルバムの感想・レビュー。好きな音楽を見つけるツールにも

誰が為どこで響く音楽か「SOUNDTRACKS」/ Mr.Children

"サウンドトラック"とは面白い音楽ジャンルだとつくづく思う。ロック、ポップ、ジャズ、R&B等々。今どきはジャンルの垣根を超えた音楽も多く枠にはめるのが難しい面もあるが、それらはその音楽の性質を、堅苦しく言わなければ「それってどんな音楽なの?」という疑問に答えるタグみたいなものだ。

 

そんななかでサウンドトラックというジャンルだけは、音楽の性質ではなくその音楽が作品・物語のなかで流れる点に着目したものだ。だから、当然どんな音楽なのかは聴いてみないと分からない。「ドラゴンクエスト(ゲーム)」なら冒険への高揚感が湧いてくるような音楽が、「リング(映画)」なら背筋が凍り付くような緊張感を高める音楽が、物語を演出する。

つまりは物語あっての音楽、それがサウンドトラックなのだ。

 

 

Mr.Children20枚目のアルバム「SOUNDTRACKS」は、そのタイトルの通りサウンドトラックだ。ならば誰にとっての、どこで、どんな物語を彩り流れるべき音楽なのか。

 

 

その疑問を解き明かすのは「Documentary film」だ。この曲こそが、アルバムの一貫したテーマを歌っている。その歌詞が描くテーマを、順番は左右するがほかの楽曲にも目を向けながら解き明かしたい。

 

今日は何も無かった 特別なことは何も

いつもと同じ道を通って 同じドアを開けて

誰の目にも触れないドキュメンタリーフィルムを

 

平穏だけど退屈な日々、それこそが普段生きる私たちの日常。きっとそこでは物語で描かれるような劇的な出来事はないし、自分自身もその主人公足り得ない。

 

2ndアルバム「Kind of Love」や3rdアルバム「Versus」の頃のサウンドを思い出す「turn over?」は、恋人とのラブソング。でもそれは恋愛ドラマや映画で見るような特別なものじゃない。'turn over'とはここでは、移り変わり・惰性で進んでいくという意味ではないか。疑問符がついているのは、行き先に確信が持てていないから。一発逆転で立ち直ったり物事が劇的に展開したり(ある意味でturn over=裏返る)したりするわけでもなく、長く時間を共にする恋人との関係は、じわりとゆっくり移り変わっていくもの。だから意思だけはここでしっかり改めておく(turn over=切り替える)、かけがえのない「最愛の人」にとって、自分が「理解者」になろうと決心している。そうしてまたこれまで続いてきた日常を、この先も続けていこうという歌だ。

 

 

昨日は少し笑った その後で寂しくなった

君の笑顔にあと幾つ遭えるだろう

君が笑うと 泣きそうな僕を

枯れた花びらがテーブルを汚して

あらゆるものに「終わり」があることを

リアルに切り取ってしまうけれど

そこに紛れもない命が宿っているから

 

長く長く続いていく人生。やがて訪れる終わりや別れからは逃れられないのだから、君の笑顔に寂しさを覚えるし、かえって君への愛おしさであったり、ひいては様々な生命の息吹を感じ取ることもできる。

 

君と重ねたモノローグ」には2分ほどの長いアウトロが続く。シングルで聴いていた頃には思っていなかったが、こうしてアルバムのなかで聴いていると、さながら'幕間'で流れているみたいだなと感じた。

「モノローグ」とは舞台用語で、相手への心情・考えを相手なしに'独白'する演出を指すらしい。一期一会の出会いからずっと共にいることは叶わなかったが、出会いそのものは今後も続いていく長い人生にとってずっと意味を持つものだと、ここでの「僕」は今日もまた独白する。そして'幕間'を挟んでまた人生は場面転換していくのだろう。

 

ずっしりと響く低音が耳を引く「losstime」では、時の経過を振り返りながら長くはない先を見据える老婆の姿。長い日々の中では必ず別れがあり、また自分自身も逃れようもなく'終わり'へと進んでいく。それが生活だ。

「出会いの分だけ別れがある」とは今更使い古されて陳腐な表現かもしれないが、この老婆の生活が寂しげであっても必ずしも悲しげに思えないのはきっと、長い人生のなかで積み重なった人々との出会いや関係性のおかげではないかと感じる。

 

memories」で、そうして積み重ねられた日常を振り返りながら、「君」への確かな愛情があった「美しすぎる記憶」として噛みしめる。代り映えしない日常であっても、積み重なって出来上がった人生は何よりも得難い財産だ。

 

 

希望や夢を歌った BGMなんてなくても

幸せが微かに聞こえてくるから そっと耳をすませてみる

ある時は悲しみが 多くのものを奪い去っても

次のシーンを笑って迎えるための 演出だって思えばいい

君と見ていた 愛おしい命が

 

そうして感じられた愛情であったり生命の息吹から、生命あるいはそれが根付く生活が、普遍的であってもみな一様に輝かしい存在だと気づく。

 

Birthday」は、主題歌を務めた作品のテーマとも共鳴した'生命の息吹'を。誕生から成長、その道中は発見にも挫折にもまみれている。それらを全てひっくるめて「新たな自分の誕生日だ」と称え、シンプルなバンドサウンドや美しいストリングスの音色に乗せた'生命讃歌'だ。

 

'生命讃歌'というのであれば「The song of praise」も一緒だ。こちらは厳密には生命ではなく「生活」讃歌だが。

「駅ビル」も「夕日」も見飽きるほどに馴染んだ日常であり、自分の可能性や未来に背を向けて、他人の夢に心を輝かせて、世界にとってたかが「小さな歯車」なのだと悟る。そんなの大部分の人々にとって共通で、私自身にとってもそうだ。

そのうえでそんな'普遍的'な日々すらも、いやそうしたものだからこそ「讃えたい」と歌う。

 

others」では愛情の交わり、と思わせてその過ちと背徳感・やるせなさについて。自分が相手にとって本命でない側だと自覚しながらも、一時だけの愛情を噛みしめ「窓の外の月」を眺める。そんな生活に対してすら壮大すぎるストリングスの奏でが添えられる。過ちを肯定するわけではないが、過ちのある生活であってもここでは等しく音楽が飾り包み込む。その人にとってはかけがえのない人生だから。

 

 

誰の目にも触れないドキュメンタリーフィルムを

今日も独り回し続ける そこにある光のまま

 

普遍的で誰に気を留められることもないような日常。それでも長く続くその道のりのなかにはたしかに愛情や生命の息吹が宿っていて、特別なことなんて無くてもその輝きは「物語」足り得るのかもしれない。日々を生きる人々の歩みこそがその輝きを運んでいるのだ。

 

どこか怪しげで毒々しい「DANCHING SHOES」では、四方八方に目配せしてバランスを取りながらうまく生きていかねばならない世の中を、自由に生きていくために立ち回っていこうと呼びかける。何も気にせず自分を貫き、思ったように生きていくのは何よりもかっこいいかもしれない。でもしがらみに縛られ周囲を気にしながらも必死にもがいていく生き方もかっこ悪くないと、舞台で舞う踊り子に例えて伝えている。

 

Brand new planet」は、新しい可能性を探す日々を壮大な宇宙旅行に例える。何の変哲もない日常の中でいつしか枯れてしまった夢、先が見えるわけでもない日々の中で迷っていいから再び未来へと探しに行ってみようという歌。Mr.Childrenにとってこれまでで一番といってもいいくらい瑞々しくも力強いバンドサウンドが、その旅の輝かしさを物語っているような気がする。

 

 

 

きっとこの「SOUNDTRACKS」は、普遍的で代わり映えのない私たちの生活のためのサウンドトラックだ。世界を救うための冒険も、超常的な恐怖体験もそこにはないけれど。

一日一日確かに進んでいく日常は「物語」足り得るものであり、その物語をこの音楽は彩ってくれているのだ。

 

 

いつかのライブのMCで、Mr.Children桜井さんは'非日常'としてのライブと、ライブが終わればまた観客たちが各々戻っていく日常について話していたような気がする。

奇しくも少し前から一変してしまった私たちの生活。平凡な日常から解き放たれるように、街を出て旅したり、コンサートに足を運んだり、きっと人によって様々なことをしていたのが、ただひたすらに自分の生活と向き合う毎日となってしまった気がする。

 

彼らのライブが刺激的な非日常を提供してくれるものだとするならば、この「SOUNDTRACKS」という作品は、これまでの彼らの楽曲がそうであったように、あるいはそれ以上に私たちの日常を彩ってくれるものなのだ。こうして誰に読まれるかも分からない文章をひたすら書いている者も、慣れないオンライン授業に悪戦苦闘している者も、日々自分の仕事をして世の中を支えている者も、他者への愛情を温めている者も、その日常をたちまち'物語'として成立させてくれるような、魔法のサウンドトラック。どこにでもいる私たちひとりひとりのために、それぞれのいる生活のなかでこそ響く音楽なのだ。

 

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「BBHF1 -南下する青年-」を読んで (前編)

どうして青年は南下することに決めたんだろう?

南下「した」でもなく、南下「している」でもない。南下「する」のだ。

南下するのは「少年」ではなく「青年」だ。

 

 

BBHFがリリースしたアルバム「BBHF1 -南下する青年-」は2枚組17曲の作品。上下巻、と分けて小説のようなコンセプトで作り上げられた物語である。

この物語は北から南へと移動する青年の物語を描きながら、BBHFというバンドの自叙伝でもあり、また誰しもが過ごす生活の写し鏡でもあるようだ。

 

それならば冒頭の疑問を解き明かすには、このアルバムの音楽に耳を傾けながら、BBHFのこれまでの歩みを踏まえつつ、その一方で自身の生活をも重ねて読み解いていく必要があるのだろう。

 

 

1.流氷

踏みしめればザクザクと砕けて溶けていってしまう、それが流氷だ。定義によれば、陸地に定着している定着氷以外を指すのだという。

 

そして流氷それ自体も、こと北海道に流れ着くものでいえばオホーツク海

北岸から「南下する」存在。オホーツク海は北半球における流氷の南限なのだ。www.giza-ryuhyo.com

 

流氷とは、南下することに決めた青年であり、バンドとしての第一歩を今にも踏み出そうとしているBBHFであり、そして日々のなかで苦しみや辛さに打ちのめされながらそれでも暮らし続けている僕ら自身なのである。

 

今にも砕けようとする流氷、そのひび割れの音がドスドスとなるドラムや分厚いベース、歪んだギターの音色の中から聴こえてくる。

 

2.月の靴

BBHFの1stアルバム(当時はBird Bear Hare and Fish名義)のタイトルでもある「Moon Boots」とは何だろう?

あるイタリアの会社が作ったスノーブーツはMoon Bootと呼ばれているらしい。30年以上のロングセラーを経て今では普通名詞としても使われるとか。

www.jiro.co.jp

ならば合点がいく。北から移動することを決めた青年が、雪や氷をざくざく踏みしめて進むための靴のことだ。

 

そういえば「月」と「ブーツ」で思い浮かぶのは、アポロ11号に乗って月に降り立ったニール・アームストロングだ。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」という有名な発言とともに、月面に確かな足跡を残した彼。

www.afpbb.com

そう考えるとこれは青年、あるいはバンドの踏み出した第一歩そのものをも指すのだろう。

以前のインタビューで、1stアルバム「MOON BOOTS」は

BBHF(Bird Bear Hare and Fish)を結成して最初の第一歩で。今回の歌詞は全曲が、現状から良くも悪くも一歩を踏み出すことをテーマにして。その踏み方は良いものもあればダークなものもあって、その"一歩、踏みこむ瞬間"を歌にしました。

と語られている。

ototoy.jp

 

どこかふわふわと浮遊感のあるサウンド、さながらまだ行く末も分からず浮足立つ不確かな第一歩のよう。

 

3.Siva

ヒンドゥー教の神であるシヴァ神。様々な別名を持ち、ダンス・舞踊を司るナタラージャ(舞踏神)としての姿も。

そんなシヴァ神を最も表すものとして挙げられるのは、「恐ろしくも喜ばしい」「破壊と再生・恩寵」といった二面性である。

ja.wikipedia.org

 

BBHFがこのアルバムを出す前にリリースした2枚のEP「Mirror Mirror」「Family」は、様々な要素を2つの軸として対照し同時に表現することに試みた連作だった。

2つの軸を同時に表現していくというやり方を、今後も続けていきたくて。2つの方向性を同時に走らせて、より大きな絵を描けるバンドになりたい。

www.cinra.net

 

今作でも継続して上下巻、南北というように2つの軸を意識している部分は、不思議とこのシヴァ神の二面性にも通じるように感じた。

 

生活というものも、人間関係や愛情も、一面では語れないものだ。

暗闇や悲しみから目を背けていては、何もわからない。だから対峙することで見えてくるものを探ることが、僕らの生活には求められているのではないか。

 

それはきっとこれまでの暮らしを捨て去った青年も同じで、名前や在り方を変えたBBHFも同じ。「破壊と再生」なのだ。

 

4. N30E17

'N30E17'とはどこかの座標なのだろうか。北海道なら札幌に30条東17丁目があると知り合いの方が仰っていた。

いずれにしても青年はこの「どこか」を南へと走る、日照りに嵐に身を襲われながら。

 

ここで南下する目的が明かされる。

それは人間性を取り戻すこと。生きるため、正気を保つために理性を選ぶのだと。

そのためには大切なものすら置いていく道のり。

 

理性の対義語は感情か。ならば人間性を形作るものとは思考を巡らせることではないか。

生活を送る中で差し掛かる苦しみやつらさ。現実はそううまくはいかない。

ならば人を人たらしめるものとは、その現実を苦しい、つらいとただ叫び尽くすことではなく、その現実と向かい合ったうえで、この生活を続けるためにどうして行こうかと考え続け、変化し続け、歩みを進めていくことではないか。そう、青年の進める歩みとは現実逃避ではなくその今の生活を愛し続けるためのもの。

 

 

人は生活を続けるために、変わり続ける。

青年はより良い安住の地を求めて、南へと走る。

バンドは音楽を奏でる楽しみや喜びを失わないように、BBHFへと姿を変えた。

 

きっとそういうアルバムなのだ、この作品は。

青年の感情の揺れ動きを表すような、アコースティックギターの音色からアンビエント、そしてスケールの大きなロックへと大胆な変化。決意のような意思がひしひしと伝わる、シリアスな演奏が突き刺さる。

 

5.クレヨンミサイル

知らずにいること、無垢なままでいること。これほど楽しいことはない。明日のことなんて考えずもっぱら公園で遊び尽くした子供時代を思えば明白。

しかしそのままではいられないのだ。人はいつしか大人になってしまう。

 

Galileo Galileiというバンドは、「おもちゃの車」として歩みを終えた。

Galileo Galileiを乗り物だとすると、俺たちはデビューした頃から、ずっとオモチャの車に乗って進み続けていた感じなんです。でも大人になって体もでかくなって、今はもうぎゅうぎゅうになっていて、このまま乗り続けたら、いずれひどい形で車から転げ落ちてしまうんじゃないかって思ったんですよ。

natalie.mu

 

おもちゃの車を降りて、新しい車を(いくつか)手にしたバンド。ではもう楽しくなくなったのか?いや彼らは今こそ純粋に音楽を奏でることが楽しいのだと口々に語る。

 

同じように青年の旅路も、もちろん過酷なものなのだろうけどそれは暗いばかりの道のりじゃなくて、楽しみを見いだせる出会いや発見が多く待ち構えているのではないか。

 

大人になってしまって、子供のままではいられない違和感や恐怖や痛みも知った。それでも現実を生きて、楽しいことを考えようと歌われるのは、どんな言葉よりもワクワクする希望のメッセージだと、弾むようなメロディを聴きながら感じる。

 

6.リテイク

やり直すことが許されない時代だ、なぜなら一度の過ちが瞬時に衆目に晒されるから。

それでもここでは「リテイクする」と歌われている。

 

生活・暮らしを続けていくには、常に変わっていく必要がある。

人間関係においても、それが長ければ長い程変化していくもの。

だからこそ何度でもやり直して、より良いものを作り上げていくのだ。

 

私たちが聴いている音楽も、アーティストが繰り返すリテイクの末に届くもの。

BBHFがリリースしたEP「Family」でも、旭川の一軒家を借りて合宿したメンバーたちはデモ曲をもとにテイクを繰り返し、楽曲させたとインタビューで語っている。

natalie.mu

 

 

お互いを許し合い「やり直せる」間柄、それはずっと続く生活を担保するもの。

そんなかけがえのない人間関係へのラヴソング。

 

7.とけない魔法

溶けない」魔法?「解けない」魔法?

楽曲の英訳「Unbreakable Spell」を踏まえてもわからない。

 

流氷」で歌われたのは、ザクザクと砕けて溶けてしまう流氷。でもここでの魔法は流氷が砕けないように包み込んでくれた「溶けない」魔法だ。

ショーを終えようとしても、タネを明かしても、あなたは魔法にかかったまま魅了されてくれている。「解けない」魔法だ。

 

これは何年も前に出会った大切な相手との素敵な関係を歌った楽曲のように思える。初めて出会った時は「こんな素敵な人がこの世にいるのか!」と、魔法にでもかかったかのように鮮烈な感情も、共に日々を経ることでときに慣れ、またときに変化して失われてしまうことが常なのかもしれない。

それでもなお未だに、お互いに魔法にかかったままでいられる、そんな素敵な関係。

 

BBHFにとってそんな存在なのは、Galileo Galileiとして歩みを始めた頃から今に至るまで、ずっと彼らの音楽に魅了し好きでい続けてきたファンやリスナーの人々なのかもしれない。そう思うと、少しうるっとした。

 

8.1988

闇を纏いながら、夜を駆けるような楽曲。アップテンポな音楽に自然とマッチする。

 

このバンドはかつてもその闇と対峙したことがある。「Sea and The Darkness」はGalileo Galileiとして出した最後のオリジナルアルバムだった。そのテーマは

自分たちのこの数年の人生と、引き裂かれるような悲しみからどうにか逃れようとすること

natalie.mu

孤独や悲しみ、死の香りまで。その暗がりに焦点を当てて思考を巡らせることでこの作品は出来上がっていった。アルバムのラストを飾る楽曲「Sea and The Darkness II (Totally Black)」の締めくくりから一目瞭然ではないか。

 

青年は南下する道すがら、その暗がりを行く。

物事は変転するし、世の中の空気もどこかどんよりとしている。

死ぬよりも怖いものを抱え、人生を切り売りしてでも、駆け抜けていく。

愛情を燃料にして、病的なまでに依存してしまうくらい飲み干してまで。

 

 

「Sea and The Darkness」の楽曲に立ち返る。アルバムの終盤にある楽曲「ブルース」ではこう歌われる。

愛は噛み砕かれて ガムのように膨らんで

狭過ぎるこの部屋の中で 僕らを押しつぶしていった

パンと乾いた音が鳴って すべてが消え去ってしまうと

無駄にしてしまった時間と 落ちていく自分を見ていた

ああもう いかなきゃ

愛は紙くずだった 可燃性の乾いた愛は

暗過ぎたあの部屋の中で ただ唯一の灯りとなって

焦げついてしまうその前に 誰かが水をかけやがった

光を失ったと同時に 君もいなくなってしまった

だからもう いかなきゃいけないんだよ

 

ここでは愛を失ってしまい駆られるように部屋の外へと行く主人公の感情が、「このアルバムはクソだ ウソだよ」と、バンド自身の感情と交差しながら歌われた。

 

 

どちらも私には、同じものに眼差しを向けているように思えるのだ。しかしそこから至った考えは違うようにも思える。何が違うんだろうか。

「ブルース」では、今の感情に焦点が向かっている。今に至る過程を思い浮かべながら、愛を失った今の状況を抜け出すために走り出そうとしている。

一方で「1988」では、進む道のりの先を向いている。変転するであろう今後を思い浮かべながら、愛そのものを確かめながら、今のハッピーには拘らず走り抜けている。

 

 

続いていく道のり、バンド活動、人生。「続いていくこと」を意識して初めて、今抱く感情を蔑ろにせず、しかしそこに囚われすぎることなく、先は見えないけど今日も愛情だけは確かにしながら進んでいく。そんな考え方に至った作品だったのかもしれない。

www.cinra.net

 

9.南下する青年 

 俳優・声優である宮本充さんの語りによって上巻は締めくくられる。

 

継続、関係、生活、感情、おもちゃ、絵、答え合わせ、曖昧、幼稚、空虚、愛情。

 

ここまでの楽曲で触れてきたあれこれが、改めて青年の脳内で反芻される。

そしてまた、南に向けて走り続ける。

 

(後編に続く)

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2019年上半期アルバムベスト

今年の1~6月にリリースされたアルバムの中から特に好きなものを10枚。選んでない作品でもたくさん素敵なものがありました!悩んだ~…

I Am Easy To Find [限定デラックス・エディション / 解説・歌詞対訳 / ボーナストラック1曲収録 / ボーナスディスク付] (4AD0154CDXJP)

I Am Easy To Find」/ The National

一番優しさや希望を自分の人生に与えてくれました。The Nationalは前作を好きになって聴き始めたのですが、緊張感やダークさがあった前作と対照的に今作は暖かみのある作品で、渋味のある歌声がすごくマッチするなあと感じました。

歌詞の部分を解釈しつつ、今後レビュー記事も書いていこうと思っています。こういう作品との出会いを大事にしたい。

 

Oh My God

Oh My God」/ Kevin Morby

コアな音楽好きを雄弁に語らすのは常に時代の最先端を切り開くような音楽だと思いますが、この作品は時代とは離れた普遍的な存在としてとても魅力的だと感じました。もちろん古くさい音楽だというわけじゃないし、歌詞だって今の時代を生きるなかで生み出されたものですが、100年前に聴いても100年後に聴いても感動していただろうと確信できるのです。そこまで音楽に詳しいわけではありませんが、今までの人生で聴いたフォークロックでNo.1アルバムです。

 

Ribbons [解説・歌詞対訳付 / ボーナストラック1曲収録 / 国内盤] (BRC593)

Ribbons」/ Bibio

たまたまレコードショップに立ち寄って、試聴コーナーで聴いた「Curls」に一発で恋に落ちました。その日のうちにアルバムを購入。いろんな楽器の音色が顔を出す鮮やかな作品ですが、見える風景は統一感があるという点がとても好きなところです。日本のあらゆる季節と共に聴きたいです。

 

834.194

834.194」/ サカナクション

6年ぶりという長いスパンで、おそらくアーティスト自身も想定していなかった道を辿って生まれたアルバムなのでしょうが、しかし明確なコンセプトで素敵な楽曲を結ぶ作品。応援してきたアーティストですが、ひとつの到達点に辿り着いた感があります。この次の一歩がどうなるか良くも悪くも想像したくない、それくらいの大団円。

 

ANGELS

ANGELS」/ THE NOVEMBERS

とにかくかっこいいです。いろんな音楽の要素を含みつつ、バンドの美学でまとめているようで、すっかり陶酔し夢中で聴きました。いずれライブでこの楽曲を聴きたい。The 1975やBring Me The Horizon,Slipknot,Grimeの新曲を聴いていると、この作品が世界の音楽界の潮流に先んじて進んでいるかのような運命的なものを感じます。

 

Not Waving, But Drowning」/ Loyle Carner

優美で穏やかで心に残る作品、常に日常のどこかに置いときたいですね。サウスロンドン勢はつくづく恐ろしいと感じました。初来日公演は行きそびれましたが、次の機会は絶対に逃したくない。

 

ARIZONA BABY [Explicit]

ARIZONA BABY」/ Kevin Abstract

中身が詰まっているのに、アルバムの中で流れる時間が5分くらいに感じられるのです。言わずと知れたBrockhamptonのリーダーKevinのソロ作品ですが、これもしかしたらいずれ出るであろうBrockhamptonの新譜より好きになるかも知れない…なんて危惧したくらいハマりました。その危惧が杞憂に終わるどころが彼方へと消し飛ぶくらいの新譜が届けられるのはまた後の話。

Ancestral Recall

 

Ancestral Recall」/ Christian Scott aTunde Adjuah

今最も刺激的で革新的な音楽を生み出しているのはジャズなのではないかと思わされた圧倒的なアルバムです。5月末の来日公演でも伝説に残るかのような鬼神のごとき名演を目の当たりにすることができました。

 

Schlagenheim [解説・歌詞対訳 / ボーナストラック2曲収録 / 国内盤] (RT0073CDJP)

Schlagenheim」/ black midi

めちゃくちゃなようで精密な、それでいてかっこいいんです。初期衝動と緻密な計算という矛盾するようなふたつを併せ持つカオス。すぐ間近に迫った9月の来日公演が楽しみです。

 

Feeling's Not A Tempo

Feeling's Not A Tempo」/ Gemma

「ジャケ聴き」という自分なりに見つけた新しい音楽の探し方で出会えた作品。アートワークから想像できるような、ポップが爆発していて心躍るような音楽が詰まってます。まだ今年これを越えるポップを聴いてません。

 

 

下半期も既にたくさんの素敵なアルバムと出会えています。年末のアルバムベストがどんなラインナップになっているのか、今から楽しみなようで恐ろしくもあり…。

見逃せない!サマソニ2019「SIRUP」編

 こんにちは。今回から不定期ですが、今年20周年を迎え3日間にわたり開催されるSUMMER SONIC 2019に出演が決まっているラインナップから、毎回1組ずつおすすめのアーティストを紹介していきたいと思います。お目当てのアーティストはいるけど、他の時間はどのアーティスト見ようかなと悩んでいる方、興味はあるけど知らないアーティストも多いし行こうか迷っている方、ぜひ読んで参考にしていただけると幸いです。

 初回に紹介するのは、東京3日目ビーチステージ(13:20~)/大阪2日目マッシブステージ(16:20~)に出演するSIRUPです。それではどうぞ!

 

Vol.1 SIRUP

 SIRUP(シラップ)は、大阪出身のSSWであるKYOtaroによる音楽プロジェクト。なんといってもその魅力は、彼自身のルーツであるR&Bやソウルミュージックを土台にした音楽にメロディ豊かな歌や勢いあるラップが乗るところ。造語であるSIRUPという名前の由来「Sing&Rap」をまさに体現した音楽です。

 

まずはこの曲「SWIM」をチェックしてほしいです。


SIRUP - SWIM (Music Bar Session)

  この曲にはSIRUPの魅力が端的に表れているように思います。ゆったりとしたリズムはチルアウトするのにぴったりですが、のびやかな歌声は妖艶にも熱くも響き、踊れる楽曲でもあるところが絶妙だと感じます。ライブでは楽器隊の演奏含めよりファンク味が増し、曲中でのコール&レスポンスも盛り上がる重要曲!

 

 


SIRUP - Synapse (Official Music Video)

 この曲「Synapse」こそ、SIRUPの持つグルーヴィーさに酔いしれるにはぴったりの曲でしょう。ソウルミュージック由来の歌声と、先進的かつポップなサウンド(作曲に関わっているのは小袋成彬擁するTokyo Recordings!)が合わさって、ぶっとんだダンスチューンになってます。音源も良いですが、生のライブでこの曲を体感したときの快感はとんでもないです。

 

 


SIRUP - LOOP (Official Music Video)

 SIRUPには、とことんメロウな音色に浸れる楽曲も存在しています。特にこの「LOOP」は電子ピアノやサックスの柔らかい音色やしっとりした歌声に聴き入ってしまう一曲。繰り返すリフやメロディの気持ちよさに「永遠にループしねえかなあ」なんて僕は毎度感じてしまいます。聴けば分かる格別の音楽、特にライブで聴いたらその場の空気がすっと変わるような特別な感覚を得られると思います。

 

以上おすすめ楽曲をさっと紹介しましたが、少しでも興味が湧いたならば5月末に出たばかりの1stフルアルバム「FEEL GOOD」を聴いてみるのをおすすめしますし、あえてサマーソニックに行ったときにほとんど情報も入れないままふらっとSIRUPのステージを見に行ってみても楽しめると思います。今後の音楽シーンでもより躍進していくであろうSIRUP、期待大です!是非!!

 

次回はイギリスの新星Sam Fenderを紹介したいと思います。お楽しみに!

 

yamapip.hatenablog.com

 

 

FEEL GOOD

 

 

 

重戦車、家路につく

ASIAN KUNG-FU GENERATION「ホームタウン」

 ある日、夕飯用の食材を買いに行った帰り道。ふと「ああアジカンの新しいアルバム今日出てるな。」と気付き、Spotifyを起動する。そういえばGotchおじさんが今作は音にこだわってると言ってたなあと思い、試しに既にシングルでリリースしていた「荒野を歩け」を聴き比べてみようと再生ボタンを押した。

 途端、僕は今歩いてる道路が地響きをかき鳴らし揺れているのではないかと錯覚した。なんだなんだ?近くを重戦車でも通ってるのか?ここは日本だぞ?と周りをきょろきょろする良い年した男が一人。

 そうではなく、そこには圧倒的な低音が鳴り響くアジカンの音色のみ。得意のパワーポップをとんでもなくパワフルな演奏で鳴らすアジカンが帰ってきたのだ。

Point 1 極限まで考え抜かれたバランス

 ストリーミングサービスを利用している人は、とりあえず「荒野を歩け」のシングルverとアルバムverを聴き比べて欲しい。もしくはYoutubeで公開されているアルバム収録曲「ホームタウン」を聴いてみることを勧めたい。安物のイヤホンで聴いても分かるくらい低音が力強く鳴り、ドラムの音の抜けが気持ちいい。Gotchさんいわく、各楽器の音域をギリギリまで調整することで低音の圧巻の鳴りを実現しているらしい。

 僕自身専門家ではないのでうまく説明できないが、さながら弁当箱のようだなと思う。弁当箱には全体のスペースがあり、米お肉惣菜野菜デザートとそれぞれ具があるのだが、それぞれ入れるスペースをバランス良く区切っていくことで購買意欲の湧く弁当ができるはずだ。肉ばっかりでも胃もたれするし、米が大部分を占めてたらなんだか損をした気分になる。野菜や惣菜がちょうど良い量あって、デザートの果物やゼリーがちょこっと添えてあるとなお良い。

 同じように、ひとつの楽曲には全体のスペースがあり、ボーカルギターベースドラムなどそれぞれの音域=鳴らすためのスペースを要する。ボーカルやギターを目立たせるために多めにスペースを取ってしまうと、ベースのスペースが削られ低音が物足りなくなってしまうし、ドラムのドスンと来る残響を鳴らすためのスペースは残らないのだ。

 本作ではそれぞれのスペースを調節し、どの音色も一番良く響くための絶妙なバランスを極限まで試行錯誤を重ねて実現されている。

Point 2 今が全盛期といえるメロディセンス

 ではこのアルバムは音楽オタクがその音響の凄さを語るためだけのアルバムなのか。いや断じて違う。むしろ今こそ全盛期ではないのかと言えるほど各楽曲のエネルギーが弾けている。

 WeezerのRivers CuomoやシンガーソングライターのButch Walkerとの共作 「クロックワーク」、溜めて溜めてのサビで全ての楽器がの音色がガッと炸裂する瞬間、はやくもアルバムを聴く全てのリスナーは心を握られたに違いない。

 Homecomingsのボーカルである畳野さんをゲストボーカルに採用した「UCLA」はミニマムな音像から重厚なサビまで行き来する曲の展開といい、二人のボーカリストの歌声の絡みといい聴きどころの多い今作の核となる曲のひとつである。

 先述の「荒野を歩け」や「ボーイズ&ガールズ」といったシングル曲や、サビでのギターリフが気持ちいい「モータープール」もお気に入りだが、今作でのイチオシには「ダンシングガール」を挙げたい。この曲も再びRivers Cuomoとの共作だが、Weezerを彷彿とするような80%爽やかさ20%切なさの配合されたパワーポップが堪らない。この曲のサビを聴いてグッときた僕は、思わず家を飛び出し夕方の河川敷を一思いに走った。バカみたいな話だが、それだけ聴き手の心に何らかの思いを起こさせウズウズさせる魔法がたっぷり詰まっているのだ。

 

 結成20周年を越え今に至るまで、初期衝動を発現させたデビュー当時の音楽から、キャリアを重ねると共にバラエティに富んだ音楽、様々なジャンルへの接近を目指した音楽などへと音楽性を広げ果敢に挑戦してきたバンドであるが、彼らはここにきて初期のようなパワーポップを、しかし焼き直しではなくこれまでの試みを包含した深みのある音楽として鳴らしてみせた。このアルバムを何度も何度も聴きながら、ただただロックって良いなと思いを馳せる。そう思わせる今作こそ、ギターロックに熱狂する僕らにとっての「ホームタウン」だ。

 

ホームタウン(初回生産限定盤)(DVD付)(特典なし)