音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

ライブに行ったレポートやアルバムの感想・レビュー。好きな音楽を見つけるツールにも

好きなバンドを見にタイへ行った話【前編】

「自由」と「多様性の祝福」

 

 Summer Sonic 2019での鮮烈なライブを見た後、家に帰った私は「もう一度ライブ見たいなあ。」とつぶやいた。

 それから約1ヶ月が経ち、気づけばタイ行きのチケットを片手に飛行機の搭乗口前に立っていたのである。「貯めてたバイト代が無くなりすっきり無一文になりますよ。」と親切に忠告しようとする自分が顔を出さないうちに、諸々の手続きをもう一人のお気楽な自分が済ませてくれていたのだろう。

 

 一人で海外に行ったこともない若者に、コンビニに行くかのような軽やかなテンションで決断を下す原動力を与えてくれた存在、そのの名前は「The 1975」だ。好きなアーティストを見に行くための約3日間の短くて些細な旅路、一生残る大きな宝物のような体験。しばしその自分語りにお付き合いいただこう。

 

(09.14.2019) Bangkok,Thailand

 ライブが行われたのはバンコク郊外にある「サンダードーム(Thunderdome)」という会場。いくつもの展示会場やサッカー競技場などが隣接しており、イメージとしては日本でいう幕張メッセのような感じ。会場自体は約5000人キャパ。

 さて夕方にチケット引き換えが開始するので、その前に会場に向かう。まず目を引いたのは、観客たちが気軽に記念撮影できるようにパネルが設置されたスペース。聞くところ、タイではよくこうしたサービスがあるとのこと。

 チケット引き換えが始まると、事前にスマホにダウンロードしておいた電子チケットを提示し、リストバンドとチケットカードを受けとる。(記念になるのでとても嬉しいサービス!)

 

 チケット引き換え後は早めに並んで開場を待つ。タイでのライブは整理番号無しで、購入したチケットの指定エリアごとに自由に並べる。開場時刻が当日になってはっきりしたアナウンス無しに一時間早まるのもなかなかの衝撃だったが(現地の方に聞いても「よく分かんないけど早まったぽいよ…。」と言っていた笑)ゲートを開くふりをしておちょくる警備員に開場待ちの方々の笑いが湧く和気あいあいとした雰囲気にほっこり。そしてついに開場すると運良く最前列に入ることができ、マジか!と早くも大興奮。

 

 私はたまたま会場で仲良くなった日本人の方と一緒に入場したが、最前列で隣り合わせたのはタイの南の方に地域から来た2人組とはるばる台湾からやって来たという方。これが本当に素敵な出会いとなった。

 

 最前列ということもあり少しキツキツになってしまったので「狭くなってしまいすみません、大丈夫ですか?」と訪ねると、大丈夫ですよと気さくに対応してくださったのは台湾から来た女性。話してみると音楽の好みがとても合って意気投合!「Coldplay良いよね!Imagine DragonsとかYears&Yearsとかも!」「Mike Shinodaのライブは見た?来年Green Day来るのヤバくない?」など大盛り上がりで面白かった。日本のサマソニフジロックのこともよく知られていて嬉しかったり。

 一方でタイの2人組はとにかくテンションが高かった。一緒に入った日本人の方や台湾の方がフラッグを手作りしてきたと言うと「いいね、素敵すぎ!その写真撮ってもいい?いやみんなで写りましょ!」と気さくに話してくれる。着ていたシャツが気になったので聞いてみると、なんと自作という気合いの入りっぷり!(表面はライブの日付が入った記念仕様。裏面は「Love It If We Made It」の歌詞にあやかり、ドナルド・トランプの写真とThank you Kanye, very coolの文字入り笑)タイの好きなアーティストを聞いたら真っ先にPhum Viphuritをおすすめされて、「それ知ってる!僕もめっちゃ好き!」と言ったらとても嬉しそうだった。

 そんなことなど言ってひとしきり盛り上がっていると、タイの方が「ビール飲む?皆の分買ってくるよ!」と言ってささっと会場外に出ていき、本当に買ってきてくれた!こんなのことは初めてで、とても驚いたしめちゃくちゃ嬉しかった。いろいろライブに行ってるけど、初めて最前列でその場で会った方々と乾杯をした。

 タイではライブ中でもぞろぞろと観客が会場外に出てお酒を買い、またのんびりと入っていくという光景がよく見られるらしい。よく日本に来た海外のアーティストは、日本の観客はとても礼儀正しいと言ってくれる。もちろんリップサービス込みだろうが、たしかにこうしてみると本当に真摯だ。ライブ中にぞろぞろと観客がお酒おかわりしに会場出ていくことなんてあまりない。

 

 入場後オープニングアクトであるNo Romeの出番まで約2時間半ほどあったのだが、あまりに会話が盛り上がって一瞬で過ぎ去ってしまった。日本人の方と「こんなこと初めて!最高すぎて、もうライブ見る前からチケット代の元取れた気分だね!」と言っては笑っていた。

 

 そしてNo Romeが登場。レーベルが同じでThe 1975との関わりも深いこともあるが、なによりEPを去年今年とリリースする中で確実にファンを増やしているのだろう。曲ごとに大歓声を上げる彼のファンも(自分含め)多かった。ライブはエレクトロでひたすら踊れるな!と思えば、一転エモ要素満載のギターロックで燃える展開を見せる二面性がとても魅力。

 ところでライブ中は最前エリアであっても押し合いになったり後ろからぎゅっと圧縮されることもなく、各々が踊れる程度のスペースをとって鑑賞するスタイルらしい。(これはThe 1975が出てきてからも同じ)

 

 

 そんなこんなでタイの観客や会場の雰囲気を見ていると、「ライブって人それぞれ自由に楽しめるのが一番だな。」と深く感じられた。

 思い浮かべたのは、田舎に住んでいた頃、小学校でやってた運動会。こういうイベントごとには、父兄や親戚や地域の方々がたくさんいらっしゃる。小学生が競技に取り組んでるのを見守りながら、ある人は必死に声援を送ったり、またある人は我が子の専属カメラマンとばかりにいっぱい撮ったり、またお酒を飲みながら競技そっちのけで盛り上がったりその姿は様々。でもここにいる誰もが運動会という場を楽しみに来た一点では共通していて、自由に振る舞いながら場はゆるやかに大いに盛り上がる。こういう光景の素敵さを、タイでのライブで想起したのだ。

 自分は今まで、ライブに来たからには皆が演奏に耳を傾けて飛んだり跳ねたり踊ったりして熱く盛り上がらないとダメだ!という考え方に固執していた。ネットでもよく、鑑賞の仕方だとかルールやファンの在り方みたいなのが話題に挙がるし、その度にいさかいが起こる。

 でも、きっとライブの盛り上がり方なんて人それぞれ。その会場その土地その国々によって様々で良いのだ。南米でのロラパルーザみたいに地鳴りのような大合唱が轟いたり、アメリカでのコーチェラみたいに会場中がアトラクションであるかのように観客がワイワイしたり、イギリスでのグラストンベリーみたいにでっかい旗を振って自由な格好で楽しんだり…。どういう盛り上がりが好きか、というのは人それぞれで違ってくるはず。それなのに特定の楽しみ方や盛り上がり方を他者に押し付けては、自由を謳歌するはずのライブから自由さが失われて本末転倒なんだと思う。それよりも各々が自由に楽しんだ結果生まれたその時々で特有のライブの雰囲気を大事にしたいなと考え直した。行くライブごとにいろんな形の盛り上がりが生まれるのってなんだかワクワクするな、とさえ思った。

 

 他国でライブを見ていると、日本でのライブの良さにも気づく。バラードが披露されたとき誰しもがその曲に聞き入っているのはとても素敵なところだと思う。静かな湖に滴が垂れて水紋が広がるかのように、音ひとつひとつの残響まで会場に広がるのは美しい。かつてエドシーランが来日公演でのMCで「日本の観客は(落ち着いた楽曲を披露するとき)じっくり静かに聴いてくれてとても嬉しい」と言っていたことを思い出した。


 これは憶測だから間違っていたら訂正するが、「他の国ではこれこれだから、日本でももっとああした盛り上がり方をしたら良い。」とか「アーティストが日本で盛り上がりを見て喜んで欲しいなあ」とか深く考えてファン同士でしょっちゅう議論になるのって多分日本だけではないか。これはひとえにアーティストへのリスペクトが高い証だと僕は思っている。特にアジアの極東の島国に遠く欧米から来てくれるアーティストへのありがたみは誰しもが感じている。だからこそライブでは誰もがこうあるべきだという考え方から離れて、各々が自由なやり方でアーティストへのその愛情やリスペクトを表現するやり方でもきっとうまくいく。

 


 観客がみんな自由に楽しむこと。(もちろんアーティストや他の観客を著しく不快にするようなことは避ける最低限のマナーというものは必要だ)そしてお互いの自由が触れ合い交差したとき真っ先に相手の自由を尊重することこそが、この自由で楽しげな空間を支える屋台骨なんだなとバンコクの観客たちを見て確信した。


 自由で良いし、人それぞれで良い。カマシワシントンが「Truth」という楽曲を通じて「多様性の祝福」をメッセージとして伝えるように、観客ひとりひとりがそれぞれの形で自由に楽しめるライブという空間を心の底から大事にしたい。そして各々が自由に振る舞うそんな空間がひとつになって大きな盛り上がりを生み出すことこそ、この世に音楽があったおかげで成り立つ奇跡ではないか。

 

 

 そんなことを考えていたら、No Romeによる30分ほどの素敵すぎるライブもあっという間に終わり、気づけばもうThe 1975の開演間近。

 

 奇跡のような光景を目の当たりにするまで、あと少し…。

 

後編に続く。

 

 

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