音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

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好きなバンドを見にタイへ行った話【後編】

2020年3月、今の状況から振り返るライブというものの素敵さについて

 

(前編はこちら)

yamapip.hatenablog.com

 

 

 2019年9月14日20時30分。タイ、サンダードーム。

 

Go down, soft sound…

 会場が暗転してからお決まりのSEが流れ始めるまで、私は呼吸していない。(体感)

周りの観客たちはまだメンバーができていないにも関わらず、どこから出してんだってくらい歓声を爆発させている。既にそれだけ興奮していたら、メンバーが出てきた瞬間死んじゃうんじゃないか、と心配するくらいだ。

 

 そんなことを言っていたら、メンバーが出てきて真っ先に死にそうになっていたのは自分だった。照明や映像をバックに出てきたメンバーのシルエットを見ただけで、命の限りを尽くして声を上げ拳を挙げ、全身の毛は逆立っていた。8月下旬に行われたレディングフェスティバルでのライブ中継を舐めるように見ていた自分は、もう黄色い照明の光が目に入れば細胞レベルで脊髄反射的に「あの曲」が来ると理解したのだ。

 

 「Wake up! Wake up! Wake up!

 歌い出しからアリーナは地鳴り。ドデカいスピーカーから出る音より明らかに観客の怒号のようなシンガロングのほうがでかい。ライブで聴く音楽と、普段イヤホンで聴いている音楽。骨子となる部分は一緒でもその実質はまるで違うのではないか。きっとライブ会場で鼓膜へと伝わる音楽は、鳴らされた音が会場中の観客たちのエネルギーに反響し化学変化してから届いてるのだろう。

 

 

 国籍なんて関係ない、とは頭で分かっていてもやはり不思議だ。ここはタイで自分は日本人、相対するのはイギリスのバンドだ。みんなで楽しんで、みんなで騒がしく歌っている。魔法みたいだなと素直に思った。 

 バンドのメンバーも楽しげだ。世界中を回り異国の地で音楽を奏でるのはどんな気分なんだろうか。小気味良いMCを挟みつつ公演は進んでいく。

 

 

I think I'm falling, I'm falling for you

 バンド初期に作られた楽曲が披露される。とてつもないシンガロング。「ああ、この国のファンはずっとずっとこの日を待っていたんだなあ。」タイでは4年ぶりの単独公演だったらしい。合唱の雨を全身に浴びながら、「この曲ってこんなに良かったんだ。」と心に染み入る。ファンの方々の愛情が楽曲をより強く輝かしているみたいだった。

 

 

 終盤にさしかかっても、会場は楽しげだ。会場後方ではお酒が進むとばかりに、会場外の売店でビールを買って楽しげに会場と往復する人達がいる。一瞬たりとも見逃すまい、とステージを凝視し拳を突き上げる人達がいる。友人と(もしかしたらその場で知り合った相手かも)肩を組んで、歌いながら写真を撮っている人達がいる。いろんな人達がいる。全く同じ楽しみ方をしてる人なんてきっと二人といない。なのにこの場には人との結び付きを感じるし、疎外感なんてどこ吹く風なんだ。自分もここに居ていいんだ、なんて感じたのはライブの感傷に浸っていたからだろうか。

 

 

Everybody! Jump up and down! Are you ready?

自由気ままに楽しむ、そんな人々に対して「もうこれでラストだから、最後は皆一緒に飛ぼうぜ」とばかりに観客をしゃがませる。そして…。

 

 

One, two, one, two, fuckin'jump!!!

わあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!ピンクの照明に照らされながら、会場中の人々が踏み鳴らした床の音も、割れんばかりの歓声も、アーティストの鳴らす音も、全てを全身に刻み込もう…。そう思いながら喉を嗄れさせ全身汗だくで、最後の音の一滴が消え去ってしまうまでずっとずっと飛び跳ね続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが昨年の夏、日本からはるばる足を運んだタイで見ることのできたThe 1975のライブだった。

 

 

 

 

 

 今の時代、ネットサービスを使っていつでもどこでも様々なコンテンツを楽しめるなかで、わざわざ高い金を払ってチケットを取り、遠いところまで足を運び、たくさんの人々のなかで楽しまなければいけないライブというものは、俗っぽい言い方をすればコスパの悪いコンテンツと言われるものなのかもしれない。

 

 でもその一度きりのライブには、チケット販売に携わる人、ライブを宣伝する人、会場の運営をする人、諸々の手配をする人、ステージを組み上げる人、演出を担う人、カメラマン、音響、アーティスト、そして観客も…数えきれない程の人々が関わっている。想像力を広げればもっともっと…。

  これほど多くの人々の関わりが生み出すたった2時間弱のひととき、それがどんなに美しく素敵で、そしてかけがえのない、当たり前のことだなんて口が裂けても言えない、奇跡のようなものなのか。それは一度会場に足を運んで自分で感じることでしか分かり得ない。

 

 

 

 だから今の状況が落ち着いたときに、この記事を読んでくださったあなたが「今度またライブ行ってみようかな。」なんて思ってくだされば、それだけでこの記事は報われるのだ。でっかい会場でも、こじんまりとした地元のライブハウスでも。ただ好きなものを楽しみに行く場所、私の大好きな場所。

 

The 1975 [Explicit]