音楽紀行(ライブレポ、アルバム感想・レビュー)

ライブに行ったレポートやアルバムの感想・レビュー。好きな音楽を見つけるツールにも

音楽界のドリームチーム「Dirty Hit」

 あなたは「ドリームチーム」と聞いて何をイメージするだろうか?優秀な人材が集まり結びつくことで大きな物事を成すチームを指すこの言葉、「1992年バルセロナ五輪のバスケ男子アメリカ代表」「アベンジャーズ」「大手術に携わる医療チーム」等々思い浮かべるものは人によってジャンルも様々なようだ。

 

 そして今の私にとって「ドリームチーム」とは、イギリスのとある音楽レーベルのことだ。

 

 

 

その名は「Dirty Hit

Jamie Oborne,Ugochuku "Ugo" Ehiogu,Brian Smithらを中心に2009年12月1日に創設された。当初の目的は、どこのレーベル会社とも契約できずにいた2組のアーティストをマネジメントすること。そこから10年が経過した今では、インディーズレーベルゆえに所属するアーティストこそ決して多くはないが、魅力溢れる精鋭揃い。そしてアーティスト同士の垣根を越えコラボやプロデュースを行う関係性の深さ。これこそがドリーム「チーム」たる所以なのだ。

 

 今回の記事ではこのDirty Hitに所属する素敵なアーティストたちを紹介したい。

(所属アーティストは2019年12月1日現在のDirty Hitホームページを参照) 

 

The 1975

 創設当初Dirty Hitが契約を結んだうちの1組、今やレーベルの中心的存在であるのがThe 1975だ。レーベル創設者のJamie Oborneが現在もマネジメントに携わり「5人目のメンバー」と言えるほど強い関わりを持つ。同様にThe 1975も、特にボーカルのMatty Healy,ドラムのGeorge Danielは後述の通り所属アーティストの多くをプロデュースしたりコラボしたり、果てにはスカウトまでしており、レーベルと強く結び付いている。まさに一蓮托生、一心同体。

 

 彼らは2012年から4枚のEPを立て続けにリリース、特に「Chocolate」がヒットすると早くも注目を集める。翌年リリースの1stアルバム「The 1975」はデビューアルバムにしてUKチャート1位を記録し、レーベルにとっての最初のブレイクしたアーティストとなる。

 

 彼らの音楽は一度聴けば耳を引いて離さない。2ndアルバム「I like it when you sleep, for you are so beautiful yet so unaware of it 」では80年代のポップスやR&B等様々なジャンルの音楽を吸収し、よりカラフルで幅広い表情を見せるバンドとなった。

 3rdアルバム「A Brief Inquiry Into Online Relationships」はロックからエレクトロ、壮大なものから素朴なアコースティックまで大胆に行き来する音楽に、自身の薬物中毒の経験や社会問題まで取り上げ示唆的な内容の歌詞が乗ったスケールのドデカい作品に。様々な音楽性や強いメッセージを多く含んだ上で、The 1975にしか奏でられない誰しもの心を掴むアートへと昇華してみせるところこそ一番の魅力。

 

(このMVにはレーベル所属のNo RomeAmber Bain(The Japanese House)も出演している! )

 

Benjamin Francis Leftwich

 レーベルが創設当初からマネジメントしているもう1組のアーティストが彼、Benjamin Francis Leftwichだ。2010年にEP「A Million Miles Out」を、翌年には1stアルバム「Last Smoke Before the Snowstorm」をリリースした。

 彼の音楽は琴線を揺らしまくるフォークロック。アコースティックギターを中心に彼の優しげで素朴な歌声が、飾り気のない暖かなメロディを聴き手へと一直線に届けてくれる。

 

2018年にリリースしたEP「I Am With You」は彼の音楽性が広がった作品。特に表題曲は彼の持ち味はそのままにエレクトロを大胆に取り入れ、繊細な美メロがより一層際立ったとても素敵な曲だ。

 

今年には3rdアルバム「Gratitude」さらにはEP「Elephant」と立て続けにリリース。彼の音楽の根幹にあるものは変えないまま、よりポップな曲調の楽曲も増え更に彼の音楽性が広がっていっている。

 

 

Wolf Alice

 2014年5月にDirty Hitと契約しバンドとして2枚目のEP「Creature Songs」をリリースしたのが、ボーカルEllie Rowsell率いるWolf Aliceだ。

 EllieとギターのJoff Odieによるデュオとして結成した当初はフォークソングを奏でていたが、ギターのJoel AmeyとベースのTheo Elisが加わり現在の形となり、メンバー4人の好む音楽から生み出される強靭なバンドサウンドがトレードマークとなる。

 

 1stアルバム「My Love Is Cool」は一貫したテーマを持たせず自分たちのやりたい音楽をひたすら詰め込んだ作品。曲がより良い方向に行くなら、とヘビーなサウンドでもポップなものでも厭わないと彼女たちは言う。

 

 2ndアルバム「Visions Of A Life」も特定のコンセプトで縛ることなく、より幅広く様々な方向性の楽曲をWolf Aliceというバンドのサウンドでひとつに縛りあげた力作。Ellieは楽曲によりその歌声を大胆に使い分け、またバンドの面々が楽曲に応じて柔軟にアプローチを変える。今作は大ヒットを記録し、2018年には英国・アイルランドでその年最も優れたアルバムに贈られるマーキュリー賞を受賞した。

 「Yuk Foo」では激しいドラム、ノイジーなギターやベース、発露した感情を強く叫ぶような歌声が混ざり合う。

 一方で「Don't Delete The Kisses」はストリングスやシンセサイザーの耳を引く音色と、高らかに歌い上げたり囁くように歌ったりするEllieの変幻自在の歌声とが、どこかふわふわとしたノスタルジックな感覚を生み出している。

 

 

The Japanese House

 2015年4月にDirty Hitと契約しEP「Pools To Bathe In」をリリースしたのは、Amber BainによるソロプロジェクトThe Japanese Houseだ。(幼少期に訪れた日本家屋のコテージを名前の由来とするとのこと)

 Dirty Hit契約後から長い間多くの楽曲をThe 1975のGeorgeのプロデュースにより制作する彼女の音楽は、メランコリーな感情を寂しげかつ幽玄な音楽によって浮かびあがらせたようなもの。「Saw You In A Dream」はまさにその極致にして彼女を象徴するような楽曲だ。

 

 今年リリースされた待望の1stアルバム「Good At Falling」はGeorgeとBJ・Burtonをプロデューサーに迎えたほか、収録曲「f a r a w a y」にはコーラスとしてMattyが参加している。

 アップテンポな楽曲も収録された今作のなかでも、「You Seemed So Happy」はアコースティックサウンドにときおりエレクトロが交差する彼女の音楽の魅力の一つを堪能できる特におすすめの一曲。

 

 

King Nun

 多士済々なDirty Hitにおいて、とことんシンプルにロックンロールをかき鳴らし異彩を放つのがKing Nunだ。2016年にDirty Hitと契約を結びデビューシングルとしてリリースした「Tulip」は、まさに初期衝動をそのまま掻き鳴らす彼らの音楽を一発で理解させてくれるだろう。

 

彼らの音楽はアメリカ由来のラフなグランジロックに含まれる。しかし彼らのユニークなところは、サウンドに対してイギリスのインディーロックが奏でるようなメロディの節回しが乗っかるところ。彼らにDNAレベルで宿るブリティッシュなメロディ×彼らが好んで聴いてきたグランジサウンドの融合は、国はもちろん音楽のジャンルの隔たりさえも容易に乗り越えられる2010年代に生まれるべくして生まれたバンドに違いない。今年リリースの1stアルバム「MASS」でも彼らの魅力は増す一方だ。

 

Pale Waves

 マンチェスター出身のバンドPale Wavesは、まさしく同郷のThe 1975が歩んできた道を思わず想起するような躍進街道を突っ走っている最中だ。

 Dirty Hitと契約後、The 1975のMatty,George共同プロデュースのもとデビューシングル「There's A Honey」がリリースされると早くも多大な注目を集めイギリス中の若者たちを熱狂させる。

 

 とことん突き抜けたギターポップが何よりの魅力。バンドの中心メンバーであるボーカルHeather Baron-Gracie,ドラムのCiara Doranのゴシックな風貌に加え、MVやアートワーク、ライブでの照明演出など黒と赤に統一し作り上げられたゴスでダークな世界観との対比が何ともユニークで、それゆえにとても心牽かれる。

 

No Rome

 フィリピン・マニラ出身のNo RomeことGuendoline Rome Viray Gomezは約3年前に彼の音源を耳にしたThe 1975のMattyによりスカウトされロンドンに拠点を移動、Dirty Hitと契約した。日本人の画家であり2009年に逝去された因藤壽に捧げられたデビューEP「RIP Indo Hisashi」はMatty,George共同プロデュース、なかでもThe 1975をフィーチャリングした「Narcissist」がスマッシュヒットを記録する。

 彼の音楽の魅力はR&B由来の甘美なメロディが様々な音楽に乗って飛び出してくるところ。チルなエレクトロサウンドは彼の持ち味のひとつで、聴きながら思わずゆったりと身体を揺らしてしまう。

 

 一方でよりエモーショナルな作風へと舵を切ったEP「Crying In The Prettiest Places」(No RomeとMattyとの共同プロデュース)収録の「5 Way to Bleach Your Hair」はシューゲイザーに接近したギターサウンドが目立つ楽曲。彼のライブではエレクトロで観客を踊らす瞬間もあれば、No Rome自らもギターを弾きロックなサウンドで会場を揺らす瞬間もある。

(MVにはドラマーとしてMattyも参加し、一場面ではThe 1975を指す壁の落書きも!)

 目下制作中の新作は、MattyやGeorgeによるプロデュースを離れ様々なアーティストとのコラボを通じて楽曲が作られているとのこと。既に「Talk Nice」「Trust3000(feat.Dijon)」といった新曲を発表している。

 

AMA

 2018年11月「MONOCHROME」をリリースしてDirty HitよりデビューしたAMAは、優美なR&Bのサウンドときらびやかなポップス、エレクトロを兼ね揃え、今にも音楽シーンのメインストリームへと飛び出しそうな魅力を既に放っている。

  今年リリースされた初のEP「Screenluv」で描かれるのは、ミレニアム世代の恋愛。スマートフォンがコミュニケーションの主体となった若者ならではの悩みが歌われ、音楽として楽しまれるべく多くの人々に届けたいと彼女は願っているようだ。海外ではCharli XCXやKali Uchisの名前も挙げられるほど、彼女のポテンシャルに期待が高まっている。

 

Beabadoobee

 ファンが彼女の楽曲「Coffee」をネット上にアップしたことから人気を呼び、果てにはDirty Hitとの契約にまで結びついたのがBeabadoobeeことBea Kristiだ。契約後の2018年12月にEP「Patched Up」をリリースした彼女の音楽はベッドルームポップと呼ばれるジャンルに位置し、聴き手としても肩ひじ張らずリラックスした状態で彼女の親しみやすいメロディを享受できる。

 

 しかしバンドを率いてツアーをするうちに、ギターやドラムが目立つよりバンドサウンドに近づいた音楽へと移り変わったのが今年リリースのEP「Space Cadet」だ。敬愛するというアメリカのロックバンドPavementのメンバーStephen Malkmusへ向けられた「I Wish I Was Stephen Malkmus」はまさにそれが顕著で、今後の彼女の音楽がどのような方向に進むのかワクワクが止まらない。

 

 

404

 今年2月に「Fearful」をDirty Hitからリリースしデビュー。ウェブ上のエラーメッセージを冠するのはBathwater,Silvertongue,Eliot,Devenny,Sonny5人により創設されたヒップホップグループだ。

 彼らの音楽は「Fearful」を聴けば分かるようにエレクトロミュージックにラップを重ね、畳み掛けるようにめまぐるしく展開しつつ響く不穏でダークな音楽はデビュー前から激しいライブパフォーマンスを見せていたというこのグループのもつパンキッシュな雰囲気が漂う。

 

 しかし1枚目のEP「Guide One」をリリースしてから約3か月後、創設メンバーにしてボーカルとしてグループの中心を担っていたSilvertongueことMinaメンタルヘルスの影響から自ら命を絶ってしまう。

 しばし活動を休止していた404が9月に発表されたのは、生前Minaが遺した楽曲をもとに制作された「Blind Spot」だった。エレクトロのみならずジャズやR&Bの要素をふんだんに散りばめ、更には今最も注目されるバンドの一つblack midiMorgan Simpsonをドラマーに迎えて作られたこの楽曲は、どこまでもメンバーとMinaとの関係性や愛情が伝わってくるような楽曲に思える。

 10月にはこの曲を含む「Guide Two:Forever」をリリースする。今後の彼らがどのような活動を進めるのか注目される。

 

 

Caleb Steph

  Jamie Oborneが2017年にその名前を挙げていたものの、ネット上には彼が過去に公開した2曲の楽曲のみ、Twitterも開設したばかりで投稿なし。そんな謎多き状況下で今年の2月11日に「Beats 1 Radio」に出演するとともに「Can I Talk」をリリースするという衝撃的なデビューを果たしたのは、アメリカ・バージニア半島のニューポート・ニューズ出身のラッパーCaleb Stephだ。Dirty Hitというレーベルにヒップホップのイメージはそれほど無いものの、既に活動のビジョンを見据えていた彼は、アーティストの自由な音楽制作のために力になりたいというレーベルの姿勢に感銘を受け契約に至ったという。

 「Can I Talk」は彼のクールさがこれでもかと繰り出される楽曲、

 

今年リリースされた初めてのEP「Bellwood Product」は、自分は何者で、何を伝えどんな音楽を作りたいのか?という部分から出発し制作されたという。Caleb Stephはインタビューにて「自分は何者なのか?」というアイデンティティや今何をしているのかを大事にする、と強調する。収録曲「Black Boy」では豊潤なトラックに乗せて、ある黒人の男の子が拳銃を手にする、というところから始まりストーリーテリングのなかで様々な社会や人々の抱える問題を照らす。ダウンタウン出身の彼ならではの視点から描かれる内容は、MVの内容も照らしながら理解していきたいもの。

 

 

Oscar Lang

 ロンドン出身のOscar Langはレーベル所属前から精力的に活動し、ノルウェーで今大注目されているgirl in redや後にレーベルメイトとなるbeabadoobeeなどの作品にも参加するなど幅広く活躍していた。なんといっても彼は優しいメロディとふわふわとした歌声が、すぐさまリスナーを包み込んでくる。この歌声をもとに彼の音楽は形作られるように感じる。

 そしてDirty Hitと契約し、今年6月にはEP「bops etc.」をリリース。(18歳の彼はリリース日がなんと学校の卒業日!)

 ベッドルームポップを基調としつつも、そこを足掛かりにより広い音楽性を持たせる。この部分が彼の生み出す音楽の魅力だ。「Change」ではジャンジャカ鳴るギターに少し夢見心地な気分になるようなシンセサイザーの音が重なるところが印象的。

 

Gia Ford

 今年8月にシングル「Turbo Dreams」を、続けて10月にはEP「Poster Boy」をリリースしデビューしたGia Fordは、まさに「アーティスト」という呼び名が似合う存在だ。ロンドンを拠点に活動するSSWである彼女は楽曲からそのMV、自身のビジュアルまで含めて一つのアートとして完成させる。

 「Turbo Dreams」は美しくスタイリッシュな音色が耳を引き、Gia Ford自身がアクターを務めたMVを合わせてみると魔法の世界へと招かれたような感覚に陥る。それは曖昧な関係性の中で得る感情を描いたというこの曲に対してぴったりな感覚なのだろう。

  神秘的な彼女の歌声がゆらゆら棚引くように聴こえるポップソング「Girl」は、やはりその世界観も込みでリスナーを引きこんでしまう不思議な魅力を感じずにはいられない。

Rina Sawayama

 最も新しくDirty Hitと契約したのが、ロンドン在住の日本人アーティストRina Sawayamaだ。ロンドンで幼少期より過ごし、現在はシンガーソングライターと共にモデルとしても活躍する彼女。今年にはTV番組「情熱大陸」での特集が組まれ日本でも話題になっていた。

 4歳の頃からロンドンに移住し、大学卒業後に本格的な音楽活動を開始した。ちなみに大学在学中には後のレーベルメイトとなるWolf AliceのメンバーTheo Ellisらとともにヒップホップグループ「Lazy Lion」 として活動していたこともあるとか。

 2013年から音楽活動を始めた彼女は、2017年にニューヨーク誌「The Fader」にも楽曲が取り上げられる。その楽曲「Cyber Stockholm Syndrome」はデジタル世代の抱く結びつきと断絶など長短両面をポップなメロディに乗せて描く。

 ロンドンを中心に既に注目を集めていた彼女が、今年11月にDirty Hitと契約を結びリリースした新曲「STFU!」はヘビーで攻撃的なサウンドと強いメッセージ性に多くのリスナーの度肝を抜いた。長い間海外に住む自身の経験から、無意識に行われる様々な差別(マイクロアグレッション)への怒りを描いている。歌詞はもちろん、ときおりコメディタッチな表現も交えつつ刺激的な内容で楽曲を表したMVもとてつもない衝撃。アルバムの制作も終盤に差し掛かっており、来年のリリースが期待される。

 

 

 Dirty Hitに所属するアーティストの半数はいまだ1stアルバムをリリースしておらず、来年以降更なる躍進が期待される。さらには来年新たなアルバムをリリース予定のThe 1975や来年大きな音楽フェスにも出演が決まり再始動が予感されるWolf Aliceなどももちろん注目される。

 現在「Dirty Hit Tour」と称してNo Rome,Oscar Lang,Beabadoobeeによる合同でのイギリス国内ライブツアーが行われるほか、The 1975のMattyやレーベルのJamie Oborneは自らが主催となって音楽フェスを開催することを計画しており、レーベル全体の大きな活動にも大きな期待がかけられている。

 

 

 Jamie Oborneはインタビューにて、「Dirty Hitというレーベルを通じてアーティストを支え、育て、作品を作り続けられるようにしたい。」「音楽ではなくアーティストの抱く夢や希望、アイデンティティを商品にしてリスナーに届ける。」ということを述べていた。こうした考えのもとで、素敵なアーティストがこのレーベルに集まり、またレーベルを通じて届けられる音楽に多くのリスナーが心惹かれる機会を得ることができるのではないか。

 まさしく2020年の音楽シーンを揺れ動かすのはこの「ドリームチーム」 なのではないか。私はこのレーベル、そしてそこに所属するアーティストたちから今後も目が離せない。この記事を読んだ方々が、新しくアーティストを知ったり好きな楽曲が増えるきっかけになるならば幸いだ。そして私の大きな夢はいつか「Dirty Hit」によるツアーあるいは音楽フェスが日本でも行われて、多くの人々が熱狂することなのである。

 

Billie Eilish「everything i wanted」 歌詞和訳&解釈

 今年世界で最も注目されたアーティストの一人Billie Eilishによる、今年出た1stアルバム「When We All Fall Asleep, Where Do We Go?」以来8か月ぶりの新曲「everything i wanted」がリリースされました。

 この新曲からはありのままの感情や考えが見えるようで、彼女を渦巻く周囲の熱狂や喧騒が見づらくさせていた今の彼女のパーソナルな部分を目の当たりにできた気がします。同時にアーティストが抱く今の時代特有の苦悩はリスナー側にとっての問題でもあると考えさせられます。

 

 

 和訳だけ読みたい方もいらっしゃると思うので、の部分について註釈は下段にまとめています。気になる方はご一読されるとより楽しんでいただけると思います。


Billie Eilish - everything i wanted (Audio)

 

I had a dream

I got everything I wanted

Not what you'd think

And if I'm  bein' honest

It might've been a nightmare

To anyone who might care

夢見たもの

望んでいたものは全て手に入ってしまった

でもそれは人々が想像するようなものじゃなかった

正直に話すなら

悪夢でしかなかったでしょうね

私を気にかけてくれる人達にとっては(※1)

 

 

Thought I could fly (Fly)

So I Stepped off the Golden, mm

Nobody cried (Creid, cried, cried, cried)

Nobody even noticed

I saw them standing right there

Kinda thought they might care (Might care, might care)

飛べる、と思った

だから「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」から飛び降りた(※2)

でも誰も涙しなかった

誰も私を気にすることはなかった

彼らがただ立ち尽くしているのが見えた

気にかけてくれるものだと思っていたのに(※3)

 

I had a dream

I got everything I wanted

But when I wake up, I see

You with me

夢見たもの

欲しかったものは全て手に入ってしまった

けれど目覚めて、私は目にする

そばにいるあなたを(※4)

 

 

And you say,

"As long as I'm here, no one can hurt you

Don't wanna lie here, but you can learn to

If I could change the way that you see yourself

You wouldn't wonder why here, they don't deserve you"

そしてあなたは言うの

「僕がそばにいる限り、誰にも君を傷づけさせやしない

ここでは嘘をつかないで欲しい、きっとすぐできるようになるよ

もし僕が、君の君自身に対する思いを変えられたなら

きっとどうして自分はここにいるのかなんて思うことないだろうに、彼らは君には値しないよ。」(※5)

 

I tried to scream

But my head was underwater

They called me weak

Like I'm not just somebody's daughter

Coulda been a nightmare

But it felt like they were right there

叫ぼうと声を振り絞った

だけど頭まで水中に沈んでしまっていた

人々は私を脆いものだと揶揄する

私も人の子であることを忘れてしまったみたいに

悪夢でしかなかった

彼らはすぐそこにいるように思えた(※6)

 

And it feels like yesterday was a year ago

But I don't wanna let anybody know

'Cause everybody wants something from me now

And I don't wanna let 'em down

昨日のことが去年あった遠い出来事であるかのよう

だけど誰にも知られたくない

だって誰もが今では私に何かしらを望むから

彼らをがっかりさせたくはないもの(※7)

 

I had a dream

I got everything I wanted

But when I wake up, I see

You with me

夢見たもの

欲しかったものは全て手に入ってしまった

けれど目覚めて、私は目にする

そばにいるあなたを

 

And you say, "As long as I'm here, no one can hurt you

Don't wanna lie here, but you can learn to

If I could change the way that you see yourself

You wouldn't wonder wht here, they don't deserve you"

そしてあなたは言うの

「僕がそばにいる限り、誰にも君を傷づけさせやしない

ここでは嘘をつかないで欲しい、きっとすぐできるようになるよ

もし僕が、君の君自身に対する思いを変えられたなら

きっとどうして自分はここにいるのかなんて思うことないだろうに、彼らは君には値しないよ。」

 

 

If I knew it all then, would I do it again?

Would I do it again?

If they knew what they said would go straight to my head

What would they say instead?

If I knew it all then, would I do it again?

Would I do it again?

If they knew what they said would go straight to my head

What would they say instead?

もしこうなることが全て分かっていたなら、同じことをしただろうか

人生をやり直せるとして、もう一度また繰り返すだろうか(※8)

もしも彼らの言ったことがそのまま私に突き刺さると分かっていたなら

口にする言葉を変えるだろうか(※9)

もしこうなることが全て分かっていたなら、同じことをしただろうか

人生をやり直せるとして、もう一度また繰り返すだろうか

もしも彼らの言ったことがそのまま私に突き刺さると分かっていたなら

口にする言葉を変えるだろうか 

 

解釈・註釈

※1

この曲における「夢」とは、彼女がここ1,2年で経験したスターダムな世界。世界中で自身の楽曲が人気となり様々な土地でライブをしたこと、各国音楽フェスでもメインステージのラインナップにその名が並び、名声を手に入れた現在はまさに「夢のようなできごと」だったに違いありません。しかし同時に急速に変わりゆく彼女の状況は、彼女を心配する人々にとってはたまらなく不安であったことでしょう。そして人気が絶頂を迎えつつある今、彼女自身にとっても「悪夢」となってしまったことがこの曲では歌われます。欲しかったものは手に入ったが、その過程や現状は決して夢見ていたような良いことばかりのものではなかったと。

 Billie Eilishのデビューアルバム「When We All Fall Asleep, Where Do We Go?」は寝ている間に起こる出来事として「悪夢」や「金縛り」をテーマの一つとしています。特にアルバム全体の方向性を決定づけた「Bury A Friend」で描かれる内容は本作ともリンクする部分が多いように思います。

 

※2

 ここにおける「Golden」とは、アメリカ西海岸にある吊り橋「Golden Gate Bridge(金門橋)」のことを指します。主塔の高さは水面から227mあります。この曲のアートワークはイギリスの芸術家Jason Andersonにより描かれた金門橋だそうです。

 この金門橋は世界でも屈指の自殺名所として知られているようです。

www.latimes.com

 

 アートワークを描いたJason Andersonのホームページで彼の作品の一部が紹介されています。

www.jasonandersonartist.co.uk

 

※3

 金門橋から飛び降りた彼女に対し人々は見向きもしなかったという彼女の見た悪夢は、良くも悪くも多くの人々から注目が注がれる彼女の現状と対照的でとてもショッキングな内容だと思います。世界的な成功を収めた彼女であっても、その成功やファンからの支持がまるで空虚なものであるかのように感じる恐怖心を抱いている、ということが表されているように思えます。なぜこのような空虚さを感じたのか、その一端には後述するような今の時代ならではのアーティストの苦悩があるのではないでしょうか。

 

※4

 悪夢のような日々を過ごす彼女にとって救いとなる存在とは、彼女の実兄であり楽曲を共に制作するFinneasのことです。この曲では実兄(=「you」)との関係性も描かれています。

 Finneasについて紹介した素晴らしい記事があるので、よければそちらもご一読を。

note.com

 

※5

 BillieとFinneasとの間には強い信頼関係が結ばれているようです。彼女がそうであるようにFinneasもどんなことが起ころうが彼女のそばにいて、彼女を傷つける存在から守り続けると伝えます。急激に変化する彼女の周囲の世界の中で、家族は変わることなく彼女と共にいるかけがえのない存在なのでしょう。

 後に述べるように今の時代本当のことばかりを言うことは許されないでしょう。しかしBillieとFinneasとの間では嘘や偽りを用いることなく本当のことだけを言っていいのだとFinneasは語りかけます。今の人気が空虚なもので自身に価値なんかないのではないかと感じる必要なんてなくて、そう思わせるような言葉を投げかけてくる人々は相手にするに値しないのだという彼の言葉がどれほど彼女を救ったのでしょうか。

 

※6

 彼女の見た悪夢についての描写は、金門橋から飛び降りた末に水中へ沈み込んでいった結果、叫ぶことすら許されなかったという部分で終わりを迎えます。

(ちなみにこの一節にちなんで、楽曲の一部を水中で録音したみたい)

nme-jp.com

 

 そしてこの悪夢は「悪夢のような」現実ともリンクしてしまいます。SNSなどが発達した現在では、有名なアーティストに対しても気軽に言葉を伝えることができます。言葉の伝達のハードルが取り去られたおかげで、誰もがアーティストに対して「この楽曲が好き!」「ライブ最高でした、また来てください!」など愛情や感謝を伝えるのが容易になった一方で、直接面と向かうことなくあくまでネット上の「アカウント」に過ぎない存在だと考えて「まるで人の子でないもの」として平気で悪意をぶつける人々も多いです。

 何を発言しても、時には一部を切り取られたり間違った解釈をされたうえで拡散され、それに対して過剰な罵詈雑言が何倍にも膨らんで帰ってくる状況では何も話せない。まさに水中に沈み叫ぶことができない「あの悪夢」そのものではないでしょうか。そして悪意のある人々は実際には直接会うこともないはずなのに、SNSの距離感の近さゆえに「彼らがそばにいるかのように」感じてしまうのです。ネットから断絶した世界に住まない限り、四六時中彼らの言葉に晒されるのですから当然です。

 

※7

 Billie自身にとってこの1,2年での急激な変化は戸惑いの多いものだと思います。

 

 

 しかし一方で、多くの人々に楽曲が愛されコンサートでは大盛り上がりする様子は彼女にとっても素晴らしいものです。名声を得たことは悪いことばかりではなくかつて夢見たような素敵なもので、だからこそ人々の期待に応えたいと彼女は考えます。彼女の圧巻のパフォーマンスに対し人々の歓声が止まないBillie Eilishのライブはとても素敵な光景です。

 

 

※8

 この曲の素敵なところは、彼女が見た「悪夢」そのものであるような現状の苦しみのなかでも、決して名声を得たことを全て否定するものじゃないという点だと思います。

 欲していた名声を得た結果生まれた状況は、夢見たような素晴らしいものばかりではなかったけれど、それでも多くの人々に楽曲が愛されていることは確かであり、きっと彼女はこの苦しみを抱くことが分かっていたとしても同じことを繰り返すことでしょう。苦しみの中でも彼女の楽曲やファンに対する愛情や覚悟が示された一節であるような気がします。

 

※9

 SNSは距離感の概算を見誤りやすいものだと思います。前述の通り気軽に言葉を直接伝えられるという点ではとても距離の近い手段と言えますが、一方で相手と顔を合わせることなく言葉を伝えるという点ではとても距離の遠い手段のようにも思えます。故に相手を直接傷つけることも容易である、ということに無自覚なまま平気で強い罵声を浴びせる人々も多いです。直接面と向かっては憚られるような言葉すら選べてしまうのです。

 これはBillieのみに限った話ではなく、今の時代多くのアーティストが直面する苦しみではないでしょうか。(そしてアーティストに限らず私たち一般の人々にとっても当てはまる)

 先日No Nameが訴えたアーティストとファンの関係性についての訴えは悲痛であり、またニューアルバムを今年リリースしたChance The Rapperや今年のグラストンベリーフェスティバルにサプライズ出演したColdplayのChris MartinもSNSで寄せられた多くの心ない言葉に苦悩を訴えています。

sublyrics.info

nme-jp.com

 

 今の時代ならではの苦悩を抱えるBillie Eilishですが、その中でもFinneasへの感謝と信頼やアーティストとしてやっていくという覚悟、楽曲やファンに対する愛情が垣間見えるこの楽曲がとても大好きです。

 

 最後に「everything i wanted」を制作する様子が収められた「Beats by Dre」のキャンペーンCMが公開されています。この曲で描かれているものを理解した上で見ると、一層グッときますね。

 

 

everything i wanted

サマソニでThe 1975を見て

 The 1975のライブを見た今、なぜ1st,2ndアルバムの楽曲がより良く響くようになったのか。

 Summer Sonic 2019東京1日目、時間は19時を過ぎたあたり。Mattyが「いち、に、Fuckin' Jump!!」と合図したのと同時に大満員のマリンステージ、アリーナを埋め尽くす観客たちは一斉に飛び上がった。凄かった、圧巻だった、なんて常套句では言い足りないくらい素晴らしいライブ、それに対する最大限の賛辞と感謝と喜びを皆が全身で表した瞬間だった。

 

 

 

 ライブが終わった後に知り合いの方と話していると、ある点で自分と同じ感想を抱いていらっしゃっていた。「不思議とライブを見た後1st,2ndアルバムの楽曲がより好きになっていた」ということだ。どうしてだろうかと考えてみる。その方は

ライブにおけるシリアスさの先にある1st,2ndアルバムの楽曲のポップさに、これまで以上の意味を感じ取ったからではないか?

とおっしゃっていた。

 

 なるほどそうすると、この疑問を紐解くにはやはりライブをいちから振り返ってみる必要があるだろう。

 

 

The 1975 @Summer Sonic 2019 Tokyo Day 1 (16/08/2019)

 「Go Down…」おなじみのSEが流れ始め、同時に後ろのスクリーンに文字が浮かぶと観客たちが一斉に歓声をあげる。それだけ待ちわびていた。デビュー以降日本でも幾度となくライブをしてくれていて、更には昨年に最新アルバム「A Brief Inquiry Into Online Relationships」という素晴らしい作品をリリースしていた。多くのリスナーが日本での彼らのライブを見たいと願っていたはずだ。

 

 トラックが鳴りやまないうちにメンバーが登場すると、あまりの興奮にアリーナ前方に位置する自分の周りの観客たちは大混乱。押し合いへし合いの末、右へ左へと流れていく人の群集!そんな私たちを更に沸き立たせようと、激しく点滅する照明とともに開幕を飾ったのは「Give Yourself A Try」だ。

 「TOOTIMETOOTIMETOOTIME」は一転、スクリーンのカラフルな映像も相まってそのポップさに誰もがうきうきと飛び跳ねる。one time,two timeと歌われるのに合わせて指を突き立てる観客の姿が印象的だった。

 勢いをそのまま引き継いで披露されたのは2ndアルバム収録曲「She's American

」だ。射抜かれるかのような鋭いドラムから始まるイントロ、軽快なカッティングギターやピンク色の照明にテンションが高まる。それにしてもこんなにかっこいい曲だっただろうか。4人が演奏する姿は向かうところ敵無し、といった様相だ。

 同じくサックスをフューチャーした「Sincerity Is Scary」では楽曲のMVを再現すべくスクリーンには街並みが映り、Mattyはあの「ピカチュウ帽」を被って歌う。ずっと興奮しきりだったアリーナの観客たちも、気づけば各々がピアノやサックスやドラムの音色に合わせ穏やかに揺れていた。まるでその場の誰もがMVにおける登場人物であるかのように。

 

 「It's Not Living (If It's Not With You)」ではギターを弾くMattyやダンサーのJaiy姉妹の楽しげなステップにつられて、首を左右に振りながらそのイントロに身を預けていた。この曲は恋愛の歌でもあり、ヘロイン中毒の歌でもあるように思う。

Collapse my veins, wearing beautiful shoes」という一節、veinとは血管のことでありまた心情を表すこともある。つまりは「美しい靴を履いた素敵な君(ヘロイン)は私の心情(血管)をめちゃくちゃにする」と言っている。魅力的でありながら自分の身を滅ぼす存在、けれどもだからこそそれなしでは生きていけないよ、と訴えるのだ。一際耳を引くポップさの反面悲しげで破滅的な部分も持ち合わせているこの楽曲は、まさに今のThe 1975自身のようでもあり、ただ楽しいんじゃなくぐっと心が深みへと引き込まれてしまう魅力があった。

 

 「I Like America & America Likes Me」 はこの日のライブの中で最も記憶に焼きついたシーン。銃はいらない、とアメリカの銃社会に警鐘を鳴らす曲。金切り声を上げ今にも壊れてしまいそうなからくり人形のように、Mattyが悲壮的に叫んだ「Being young in the city Believe, and say something」(街の若者たちよ。正しいと思うことを信じろ、そして声を上げろ)という一節がひどく響いた。

 

 「Somebody Else」を演奏する頃、サイドスクリーンを見上げると陽が翳りつつあることに気づいた。なんだか夕暮れのロケーションが曲に似合う。横から緩く吹きかかる風は、この楽曲がもつ甘美だがまたどこかビターでもある香りを会場中に棚引かせているようで、身体も揺らさず立ち尽くしたまま聴き入ってしまっていた。何だか今ならこの曲がどうして世界中のライブで観客の歓声を招いているのか分かる気がしたのだ。

 会場中に合唱が広がるのを耳にしながら「I Always Wanna Die (Sometimes) 」が人々の心を救う偉大なアンセムになり得ることを確信した。彼ららしいところは、あえて「死」というものにスポットライトを照らすことで生きるということを描いているところ。「いつだって私は死にたがってる」と多くの人々が歌っている光景は何も知らない人からすればひどく奇妙に映るだろうが、その実態は救いであり生への希望だ。

 

 そして鳴り響く「Love It If We Made It」で私は遂に感無量になった。曲中にて次々と凄惨な事件が並べ立てられるように、目を覆いたくなるようなひどい出来事が溢れているのはなにも海外に限らずここ最近の日本も同じだ。Matty自身にとってもそうだ。来日直前に行われたドバイ公演では同性愛者である男性の観客に対しキスを行ったことが国内で問題を招いていた。(人の自由や宗教、法律といった重畳的な問題であり、何が正しいかここで短絡的に述べるのはふさわしくないので、深くは割愛させてもらう。)

 しかしひどい状況のなかでこそ「Love It If We Made It」(何かを成し遂げるのは素晴らしい!)と歌われる。彼自身がその後サマソニ大阪公演のほうでこの件に触れ「抗議したいわけじゃなく、ただ一人の人間として在りたいように振る舞っただけだ。」と言ったように、頭を悩ますひどい物事に目をつぶることなく、自分がこうありたいと願うあり方のままでやりたい何かを成し遂げようと日々を過ごすことの素晴らしさ。これほど希望に満ちた力強いメッセージがあるだろうか。ステージ上の彼の姿こそがその素晴らしさを一番に示しているのを、周りの観客と同様この歌詞を大声で繰り返す私はひしひしと感じ取っていた。

 

 

 

 夕暮れ時とはいえ蒸し暑い日本の夏、ライブはここから佳境に向かうとあってMattyは会場の観客の盛り上がりを誉めつつシャツを脱ぐ。(余談だが着ていたのはRide「Nowhere」のTシャツ、湧いたロックファンも多かったはず!)

 

 そうして届けられたのは1stアルバムの楽曲「Chocolate」そして「Sex」だ。奇しくも彼らが初めてサマソニに出た2013年でも終盤に同じ順番で披露された2曲。これがめちゃくちゃかっこよかった。初めてこの曲を聴いたときよりなんだか何十倍もかっこよく聴こえた。

圧倒的なライブを前にして夢心地だった自分は、この時点でようやく「あっ、今自分はThe 1975のライブを見ているんだ」という実感を得たのだ。

 

 バッチリ合唱を決める観客たちの中には初来日時のステージを見ていた人も多いだろう。彼らには果たしてそのときと同じようにこの曲が響いたのだろうか。その場にいなかった私は推測で言うしかないのだが、違って聴こえたのではないかと思う。ステージにてスポットライトを浴びるのはメンバー4人のみ。デビュー当時と全く変わらないであろうその光景だが、その見え方は大きく変わったはずだ。

 バンドの立ち位置が違う。かつてはマンチェスターが生んだ新星ロックバンドとして、初めてのサマソニではソニックステージのトップバッターを務めた彼らも、今ではロックの未来を担うとまで称され世界中の注目を一身に浴びる。バンド自身もその役目を甘んじて受け入れ、音楽界のド真ん中で強烈なメッセージを放つ存在であろうとしている。

 一方でリスナーの聴き方だって違う。1stアルバムにおける既に高すぎる完成度に惚れ込んだ人だけでなく、2ndアルバムにおいてパッと広がった音楽性に心躍らせた人も、3rdアルバムの完全無欠のエネルギーにノックアウトされた人も、この会場における観客たちのバンドに対する耳の傾け方はそれぞれだろう。バンドの歩みの分だけ広がったリスナー層は、彼らの音楽の聴かれ方をより多様にしている。

 

 

 そうしてラストの楽曲「The Sound」が始まり、場面は冒頭へと戻る。私は会場中の様子を傍目に見ながら、このライブが単独公演でもなくまた他のステージでもなく、今ここマリンステージで行われて良かったと心から思えた。きっと単独公演なら、あるいは他のステージのトリを飾っていたならば、彼らの熱心なファン(自分含め)が多く集まりとてつもない盛り上がりを見せていたことだろう。しかし音楽フェスという場、それも3万人以上が集まる満員のマリンステージとあっては、The 1975に対する観客の見方もそれぞれだ。熱心なファンたちもいれば、評判を聞きちょこっと見てみようかなと来た人、前に登場したバンドやあるいは後に登場するバンドを見るついでに足を運んだ人など。あまり詳しくないのに一緒に来た人に連れてこられたという人だってきっといたはずだ。ライブが始まった当初そもそものスタート地点が違っていた観客たちが、約一時間にわたり披露されてきた演奏を経て「The Sound」という終着点に辿り着いたとき、皆そろいもそろって飛び跳ねていたシーンこそがこのライブの何よりの財産で、これはきっとこのステージこの時間でしか手に入らなかったのではないだろうか。

 

 

 

 冒頭の問いに戻ろう。The 1975のライブを見た今、なぜ1st,2ndアルバムの楽曲がより良く響くようになったのか。答えを示すのは、バンドそしてリスナー自身のあり方だ。

 

 最新作において彼らの音楽は覚醒した。自身の経験のみにあらず、世の中のあらゆる出来事を汲み取った歌詞。あるいはロックのみにあらず様々なジャンルの音楽を自身のものとして見事に昇華した楽曲。これらが、The 1975というバンドが聴き手に対して様々な聴き方を受容する懐の深さを携えることにつながっているように思う。
 その結果ステージにおける彼らの演奏に対し各々が異なる姿を見出だす。初めて楽曲を聴いたときには気づけなかったような様々な感情が引き出される。そうして向けられた視線や歓声がまるで乱反射して彼らを映し出すように、リスナーの意思が楽曲がリリースされた当時には持ち合わせていなかったような様々な意味合いを生み、かつての楽曲を今形作っている。だからこそ以前から演奏されていた楽曲が今、奥行きを持って感じられ豊潤でより魅力的に響いたのではないか。私はそう考えた。

 

 

 この文章を書いていたまさにその日、来るべき新しいアルバム「Notes On A Conditional Form」からの新曲「People」がリリースされた。これを聴いたリスナーは皆「きっとサマソニで見たライブと同じものを見る機会は二度と来ないのだな」と悟ったことだろう。バンドも年月を経るし、聴き手だって年を重ねる。その分音楽の聴こえ方はあっという間に変わってしまうのだろう。だからこそ、その時々に得られた感情というものはかけがえのない財産だ。音楽を聴いたりライブを見たりしたときの感想を、稚拙でも良いから誰かと話したり文章にして残すことはとても大切だと思う。


 当時高校生だった自分が、近所のCDショップに足を運び買った彼らの1stアルバム。それを棚から取り出し、プレイヤーを起動させてみた。あの頃はどんな風にして聴いていたのか、今となっては遠い昔のことのようで思い出せない。でも、それでいいのだ。大事なのは今の自分がどう感じるのかということ。わくわくしながら再生ボタンを押した。時代を揺るがすThe 1975というバンドの歩みをリアルタイムで共にできる幸せ、それを充分すぎるほどぎゅっと噛み締めて。そしていつかまたあるであろう日本でのライブを想像して。

 

セットリスト

  1. The 1975(ABIIOR)
  2. Give Yourself A Try
  3. TOOTIMETOOTIMETOOTIME
  4. She's American
  5. Sincerity Is Scary
  6. It's Not Living (If It's Not With You)
  7. Somebody Else
  8. I Always Wanna Die (Sometimes)
  9. Love It If We Made It
  10. Chocolate
  11. Sex
  12. The Sound

君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。

 

 

見逃せない!サマソニ2019「The 1975」編

 こんにちは、いよいよサマソニまで2週間。フェスが間近に迫ってくると毎日本当にそわそわとしてしまいます。どれを見ようか四六時中考えたり…皆さんはもう当日どう動くか決まりましたか?

 

 今年20周年を迎え3日間にわたり開催されるSummer Sonic 2019の出演ラインナップから、毎回1組ずつおすすめのアーティストを紹介しています。お目当てのアーティストはいるけど、他の時間はどのアーティスト見ようかなと悩んでいる方、知らないアーティストも多いしどうしようか迷っている方、ぜひ読んで参考にしていただけると幸いです。

 

 今回紹介するのは、東京1日目マリンステージ(18:05~)/大阪3日目オーシャンステージ(18:05~)に出演するThe 1975です。私が今年のサマソニで最も楽しみにしているアーティスト。

 

Vol.6 The 1975

 The 1975はイギリス・マンチェスター出身の4人組ロックバンド。彼らは今最も注目されるバンドの1つであり、2020年代のロックを牽引していくとても大きな存在だと断言できます。

 

 彼らは2012年から4枚のEPを続けざまにリリースし、なかでもシングル曲である「Chocolate」は大ヒット。高い注目度は日本でも同様で、デビューアルバムのリリースに先駆け2013年のサマーソニックに初出演しており(ソニックステージの午前中という位置)、当フェスとも縁深いバンドです。

  

 これまでに発表してきた楽曲を含む1stアルバム「The 1975」はサマソニ出演後の9月にリリース、イギリス国内の音楽チャートにてデビューアルバムにも関わらずさっそく1位を獲得しています。このアルバムにおける彼らの音楽はアルバムのアートワークやMVなどのイメージに表れているように「モノクローム」で、クールかつ翳りのある世界観を内包しつつその音楽はポップであるところが特徴的。「Chocolate」も歌詞はドラッグ中毒について描きながら、音楽は耳に残るようなギターのメロディで聴いたら誰もが踊り出したくなるようなポップさを持ち合わせています。

THE 1975-デラックス・エディション

 

 翌14年にもサマソニに出演した彼ら(このときは早くもメインステージ!)ですが、16年にリリースした2ndアルバム「I like it when you sleep, for you are so beautiful yet so unaware of it」は音楽性をさらに広げ、アルバムのアートワークに見られる「ネオンピンク」が象徴するような80年代の音楽からのエッセンスを自分たちの音楽へと昇華させてみせました。ポップのキャッチ―さに、ゴスペルやエレクトロなど幾多の音楽を溶け込ませた彼らの音楽はさらに多くの人々に受け入れられ、アルバムはイギリスだけでなくアメリカでもチャート首位を獲得します。同16年には三度目のサマソニ出演、人気の増す彼らはソニックステージのトリを飾りました。

君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。

 

 

 このアルバム収録の「The Sound」という曲は、ゴスペル調のコーラスやシンセサイザーの音色、そしてバンドサウンドが一体となり、ライブを熱狂の渦に招くアンセムと化しています。そしてライブの定番でもあるこの曲では、観客を巻き込んだお決まりの演出がよくなされます。ネタバレしたくない(何も知らずにその場を迎えてほしい!)ので詳しくは語りませんが、その演出から間奏のギターソロへとなだれ込む瞬間は本当に素敵な光景になること間違いないです!

 

 そして「彼らが2020年代を牽引するバンドであろう!」と世界中の音楽ファンを確信させたのが昨年リリースされた3rdアルバム「A Brief Inquiry Into Online Relationships」です。

 R&Bやジャズなど前作以上に様々な音楽を取り入れた彼らの音楽は、ロックという枠にもはや捉われないほどの濃密かつ幅広いものになっています。またボーカルであるMatty Healy自身の経験や現代社会の状況が反映された歌詞は、より深みを増しました。「Love It If We Made It」 は簡素なシンセサイザーのイントロから、ドスッと響くドラムとともに世界での悲惨な出来事を並べ立てる切実な歌声が耳を引きます。昨今では日本においても悲しい出来事が多発しており、この歌詞とリンクする部分がありますが、この楽曲が伝えることはそんな悲惨な状況下でも「Love It If We Made It」つまり、「何かを成し遂げるのは素晴らしいことだよ」ということなのです。まさに今サマソニで演奏されることに大きな意味がある楽曲だと思います。

(↓歌詞については以前まとめた記事があるので、興味があればご参照ください。)

 

yamapip.hatenablog.com

 

 サマソニでのライブで注目してほしいのは楽曲や演奏はもちろん、とても目を引く舞台演出です。

 

 「Sincerity Is Scary」は同じく3rdアルバムに収録された曲で、耳を引くサックスを始めジャズの要素をふんだんにもりこんだ楽曲ですが、当曲MVの世界観を再現すべくライブにおいても様々な演出がなされます。このライブ動画をぜひ見てほしいです。フェスでの出演なのでどこまで舞台装置が持ち込まれるか分かりませんが、演奏されるすべての曲においてバックスクリーンの映像など凝った演出が組み込まれていて、視覚的にも楽しめるライブになると思います。

 

 

 The 1975が出演するメインステージには、B'z,Weezer,YUKI,WANIMA,[Alexandros],My First Story,The Struts日本海外それぞれで高い人気を誇るアーティストたちが並びます。2020年代を率いるであろう彼らがこの並びにいることからは、主催者の、2013年以降幾度となくサマーソニックに出演し、サマソニの歴史とともに世界屈指のバンドへと躍進してきた彼らへの賛美や感謝と、多くの日本の音楽ファンに知られ一人でも多くのファンが生まれてほしいという強い願いが表れているように私は思っています。どうかThe 1975を知らない人にこそ見てもらいたい。感情が高ぶれば、歌詞なんて知らなくたって手を突き上げてみたり、歓声を自由にあげたりしてみて欲しい。この曲良いなあと思ったらじっくり耳を傾けるのも良いかもしれない。そして好きになってくれたら、これほど嬉しいことは無いです。

 

 

 フェスの醍醐味は「自分のお目当てじゃないアーティストとの出会い」だと思います。私自身フェスに行くたびに、自分の知らなかった素敵なアーティストと出会うきっかけを得ています。今回の連載企画では6組のアーティストを各記事で簡単に紹介させていただきましたが、どうか読んでいただいた方々がサマソニにて新たに素敵なアーティストや音楽を知る小さな一因になってくれれば幸いです。

 

 20周年を迎えるSummer Sonic 2019はもうすぐそばです!全ての音楽好きが心の底から楽しめる3日間になりますように。

 

↓前回記事

yamapip.hatenablog.com

 

ネット上の人間関係についての簡単な調査

見逃せない!サマソニ2019「Tash Sultana」編

 こんにちは、いよいよフジロックも終わりサマソニに向けて見たいアーティストの楽曲やアルバムを聴き返す日々を過ごしています。

 今年20周年を迎え3日間にわたり開催されるSummer Sonic 2019の出演ラインナップから、毎回1組ずつおすすめのアーティストを紹介しています。お目当てのアーティストはいるけど、他の時間はどのアーティスト見ようかなと悩んでいる方、知らないアーティストも多いしどうしようか迷っている方、ぜひ読んで参考にしていただけると幸いです。

 

 今回紹介するのは、東京2日目ソニックステージ(16:35~)/大阪1日目オーシャンステージ(14:20~)に出演するTash Sultanaです。

 

Vol.5 Tash Sultana

 Tash Sultanaはオーストラリア出身のミュージシャン。3歳の頃に祖父からギターを貰ったことをきっかけに音楽を始めました。17歳の頃にはドラッグ中毒に陥ったものの克服。しかしその過去への偏見から定職につけなかったため、音楽の道で生きていくことを誓います。路上ライブから始めた彼女は同時に様々な楽器の演奏技術を会得していき、クリスマスに母親からもらったGoProを使って演奏動画をネットにアップしました。これが大反響を呼び、なんと5日で約100万回再生。

それがこの動画です。

Tash自身の代表曲となる「Jungle」はこの動画とともに世界中に広まることとなります。その演奏スタイルはループペダルを駆使しギターの音色を重ねていく奏法。あのJimi Hendrixをも引き合いに出されるギターの腕前と巧みなアンサンブルの構築が魅力的!とにかくこの動画、7分55秒間に身を委ねれば全てが分かります。

 

 Tashの真骨頂はライブにこそあります。こちらは「Gemini

 さきほどの「Jungle」とは一転ギターを用いない演奏ですが、ここでもルーパーを駆使した演奏が披露されます。Tashはギター以外にもピアノ、キーボード、リズムマシンなどなど20種類以上の楽器を操るマルチプレイヤーとしての一面も魅力の1つ。無論ライブでもステージに1人で立ち、あらゆる楽器を用いてアンサンブルを重ね素敵な音楽を会場に産み落としてくれることでしょう。

 

 昨年にはデビューアルバムとなる「Flow State」をリリースしたTashですが、今年に入っても新曲「Can't Buy Happiness」をリリースしています。

 

 ここまでTashの演奏にばかりスポットを当ててきましたが、その歌声も楽曲の大部分を占める大きな魅力だと思います。ささやかな歌声からおおらかでのびやかな歌声まで、また寂しげで悲しげな歌声から力強く頼りになるような歌声まで様々な表情を見せますが、不思議とTashの演奏する多様な楽器の音色にすごくマッチするところがとても良い!(すべてTashが作り出す音色だと考えると必然かもしれないが)この曲でも、ときおりロングトーンの揺れる歌声とアコースティックギターの音色とが混ざり合ってこの楽曲が描こうとするテーマを体現しているように感じます。そして気持ちよさそうに染み入るように演奏し歌うTashの表情も、これまたとても素敵です。

 

 

 初来日となるサマソニでのステージは、きっと見るもの全てを虜にするようなとんでもないものが見られるような予感があります。ステージに1人立つTash Sultanaというアーティストから、ここに何人アーティストがいるのか!?1つのバンドが演奏しているのか!?と錯覚してしまいそうな濃密で渾然一体となった音楽が飛び出すのを楽しみにしたいです。

 

 次回はいよいよ今回連載企画の最終回。自身が今年一番見るのを楽しみにしているThe 1975を紹介します。お楽しみに!

↓過去記事

 

 

yamapip.hatenablog.com

 

フロー・ステイト (特典なし)